第902話 忍びきれなかった悪意⑨禁断の書
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「わたし記憶をなくしていて、いろんな人にとてもよくしてもらったの。みんなにもだけど」
深呼吸をする。
「はっきり言ってみんな好ましいわ。恋とはまた違うのかもしれないけど。
貴族の結婚は家がするものだと聞いたから、恋かはわからないけど、アダムなら楽しく暮らしていけそうだと思った。でも婚約者ではないみたい」
答えとなったかな?
「婚約者のこと、教えてもらってないの?」
声に驚きが含まれている。
「そのうちわかると言われてる」
みんな顔を見合わせて、おし黙った。静けさが舞い降りる。
「それは……言わない理由があるのだろうけど、もどかしいね。
でもアダムはリディアのこと大切に思ってるよね」
「「「「「「「「「「「「「「「うん」」」」」」」」」」」」」」」
ジョセフィンが言うと、彼女とわたしを抜かしたみんなに頷かれた。
場がまたまたシーンとする。
「そういえば、チャドはA組のハミルトンさんに告ったみたいだよ」
え?
「それはまた高嶺の花に……」
「で? どうだったの?」
「気持ちは嬉しいとしながらお断りされたっぽい」
「だろうねーーーー」
と失礼なコメントが入る。
「アイデラは?」
「何よ、今年も告白してイシュメルに振られたわよ、文句ある?」
「いや、ないけど。なんでー? そんなイシュメルいい? 他の人にも目を向けてみたら?」
「卒業するまでに振り向かせるんだから!」
とクッションにパンチを入れた。気合が入っている。
みんな引いている。
「レニータは、スコットとどうなの?」
「どうって?」
「学園祭実行委員3度目じゃない」
「スコットはなんとも思ってないと思う」
「ってことはレニータは?」
「いいヤツだと思ってる。話しやすいし、足りないところ補ってくれるし。けどこれから卒業までギクシャクるのは辛いから、このままでいたいと思ってる」
「実行委員のC組の令嬢が、スコットをいいなって言ってたってよ? ギクシャクするのが嫌なのもすっごくわかるけど、そのままお嬢さまとうまくいっちゃってもいいの?」
ジョセフィンが言って、レニータはハッとして唇をかみしめた。
レニータの視線が下を向く。
「あー、私アマディスに告って振られた」
挙手をし、潔くアンナが言う。
「えーー」
なんかみんながジュースの入ったピッチャーをアンナに持っていき、注いであげてる。アイデラの時とずいぶん違う対応だ。初めてとそうでない差?
「勇気出して偉い!」
クラリベルがアンナの頭を撫でる。
アンナの顔がくしゃっと歪む。
みんなで肩を叩きながら、また話を変える。
「オスカーは2年生に告白されてたよ。くるくるの巻げのお嬢さまに」
「アダムもお姉さま方からも後輩からも告白されてたよ。女の子たちリディアのこと睨んでた」
え。
「私も見た。だからさっき聞いたのよ。リディアはどう思ってるのかと思って」
忠誠を君に。そうわたしを見上げたアダムを思い出す。
わたしはアダムをどう思っているんだろう?
「思うっていえば、ニコラスってダリアのこと好きだよね? 告白されなかった?」
「え、ニコラスはキャシーを好きなんじゃないの」
「え? ニコラスはロレッタじゃないの?」
言われてダリアとキャシーとロレッタが顔を見合わせてる。
そう言われても困るよね。当人から言われたわけじゃないし。
「ニコラス、気が多すぎ!」
とケイトが笑ったので、みんなも笑った。
いや、本当のところニコラスが誰かを好きなのかも知らないけどさ。
一通り気になっていたことを言い合ったのか、口を開くより、お菓子に集中し出した。
夕ご飯もいただいたし、チョコフォンデュもボリューミーだから、お腹いっぱいなのに、みんなと一緒という魔法がかかるのか食べてしまう。手が止まらない。
「そういえば、ライラとケイトは何を慌ててたの?」
「その上着で隠しているのは何?」
目敏くマリンが尋ねる。
「実はね、私たち掃除をしている時に見つけちゃったの」
「見つけたって何を?」
「〝禁断の書〟を」
「禁断の書?」
「5年生が卒業する前に4年生にだけ時間をとって教えることがあるんですって。その手引書を見つけてしまったの!」
「読んだの?」
「最初のページだけね。みんなも興味あるかと思って、持ってきたの!」
「どう? 興味あるでしょ?」
禁断と言われたら、そりゃ知りたくなるのが人情ってものだろう。
興味がないといえば嘘になる。
「気になるといえば気になるけど」
「そうでしょ? ほら、みんなで見ましょう!」
ジョセフィンと目があった。
これは〝怒られる時はみんなで〟作戦だね。と瞳で通じ合う。
「で、禁断ってなんのことが書いてあるのよ?」
「閨の作法ですって」
「閨の作法?」
ダリアが首を傾げる。
「夜のことよ」
と言ったのはチェルシー。
「だから、子供の作り方ってことよ」
マリンがズバリ言った。
「ドーン寮に伝わってるのよね? 貴族じゃないのに、子供の作り方に作法があるの?」
「さぁ? 読めばわかるんじゃない?」
そう言われて、みんなで一冊の本を覗き込むようにした。
ライラがページをめくる。
本当だ、〝禁断の書〟とタイトルがあり、閨の作法とサブタイトルがある。
その下に、子供の書いたような文字。
D組女子に贈る指示書。5年生は卒業する前に4年生へと引き継ぐこと。と書かれている。
次のページだ。
猫足バスに女性がくつろいでいるイラストが描かれている。
ページをめくる。
お風呂に入る前に済ませること
・爪は短く切りそろえる
・無駄毛は処理する
・うぶ毛を剃る
いちいちイラスト入りで解説してある。
次はお風呂だ。
隅から隅まできれいにすること、とある。
もちろんイラストと解説入りで、わたしたちは言葉を失くす。
お風呂を出てから。
香油を塗り、肌に艶を出す。
体が火照った時に香るぐらいのものがちょうどいい。
お化粧は汗などで崩れないように。又はお化粧自体をしないこと。
爪はやすりをかけて、引っ掻いても傷つけることがないようしておくこと。
?
下着は新しいもの。
着飾る。
相手の好みに合わせると尚いい。
イラスト付きで、細かに解説があり、なかなか親切だ。
挨拶、それから軽い食事と、難解な指示。
ある適度に気の利いた会話をするよう書かれていて。ボディータッチをしてこちらはいつでもオッケーよとさりげなく伝えることをいいとしている。
なんじゃそりゃ。
おお、やっとベッドの項目に辿り着いた。
次のページからだ。
誰かの喉がなった。




