第900話 忍びきれなかった悪意⑦下駄と踊り
中庭にみんなで歩いていくと、中央に木が組んで櫓が作られており……キャンプファイヤーか?
制服が大多数。次いでクラブのユニフォームとか。クラスで作ったお揃いの上着を着ている子たちもいる。ふふ、浴衣が一番目立っているね。
終わりの儀は、好きな場所にいていいそうだ。
アナウンスが入る。エリーの声だ。
「これより、学園祭終わりの儀に移ります。終わりの儀・一、閉会の言葉」
ロサの挨拶だ。黄色い声とハートが飛ぶ。
マント姿のロサは、篝火をバックに手を挙げた。
「皆、満足げな顔だな」
そう言って笑ったので、思わず出たような〝きゃー〟っという歓声がいっそう激しくなった。
ロサはまた手を挙げて、そのざわめきを止める。
よく通る声。篝火をバックにしているだけなのに、舞台にでもいるように存在感があり大きく見えた。
「2日間で精一杯やり切ったという顔だ。出し物も展示なども全部よかったし、評判も上々だ。皆もそれを肌で感じたに違いない。
ひとりでできることはたかが知れているが、それが集まれば大きなこともできる。けれど、その中でひとりが手を抜けば、それもまた人から見ればわかるもの。
学園祭を通して、力を合わせることの無限の可能性と、それに伴うやり通すことの難しさも会得したはずだ。
だが、自分たちだけでやり遂げたような気になっていても、知らないところで多くの方の協力があったことを忘れてはならない。
教師陣、それから街の警備にあたってくれた騎士たち、地域の方々、来園くださった保護者の方々、何ひとつ欠けても学園祭はなしえなかった。そのことを心に留めて欲しい。
そして引き続き、後夜祭を楽しもう。
私たちは学び終えるとこの学園を去る。そしてそれぞれの道を歩んでいく。その時に力を合わせた今日のことが、礎になると信じている。楽しい時も、辛くある時も心に寄り添えるのが〝友〟だ。離れたところにいても、支え合うのが〝友〟だ。皆がその〝友〟を今思い浮かべられるのなら、学園祭は意味があったことになる。未来に希望を持ち、その希望は皆を裏切らない」
ロサが一度目を閉じる。
人が多くいるのに、すぅーっと息を吸う音が聞こえた気がした。
目を開く。紫色の澄んだ瞳が意思を持つ。
「いずれ出会う困難にも希望を持ち続け、友と手を取り、未来に立ち向こうぞ!」
剣を掲げると「わーーーー」と中庭が湧く。
みんな手を上に挙げて歓声をあげ、どこか酔ったようにロサを見ている。
さすが王子殿下。気持ちが高揚した。
みんな興奮状態だ。
「終わりの儀・二、清め」
始めの儀の鈴の人たちだ。白い装束の女生徒が、篝火の周りを一周。
篝火を背にして円になる。激しく棒につけた鈴を鳴らしてから、その鈴を地面に突き立てた。
興奮醒めやらず、吠えている人もいる。
なんか怖いぞー。
「終わりの儀・三、聖樹さまへの祈り」
ロサが聖樹さまのある方に体をむけて、ベレー帽を取る。帽子ごと胸に置いて目を瞑った。
みんなが聖樹さまの方向へ向き直り、そして目を瞑る。
やっと心が凪いでくる。
あ、聖樹さまにいろいろしていただいたんだっけ。
心の中で聖樹さまにお礼をいうと、じんわりと胸が熱くなった気がした。
「終わりの儀・四、踊り」
音楽が流れだす。音楽クラブがどこかで演奏しているとかではなく、演奏した録音したものを流しているみたいだ。
篝火を中心に大きな円ができていく。外側と内側と2重に2列。
マイムマイム?
あ、あれとは違うか。なんだっけ? オクラとミキサーみたいな名前の……。
それともステップが違う??
でも男女で踊りながらステップを踏み、ペアを変えていく。
ダンスを基本習得している学園生には、難しくない踊りだろう。
「リディア、踊れそう?」
心配そうにレニータに聞かれる。
ツーステップ右、ツーステップ左、ツーステップ右、ツーステップ左。くるっと回してもらって向き合いお辞儀して、外側が3歩歩いて、パートナーチェンジ。単純な動きだ。下駄でその動きが滑らかにできれば。
「下駄が心配」
と言えばアダムが練習と言ってわたしの手をとった。
少し人の少ないところで「せーの」とアダムが掛け声をかける。
ツーステップ右のところで転けそうになり、アダムに抱えられた。
「「「「「「「「「「「「「そこでコケる???」」」」」」」」」」」」」
なんで声を揃える?
下駄でって難しいよと訴えればみんなその場でツーステップを踏み、なんならターンする子もいたが全くブレない。
何それ、またわたしだけできない子感が漂う。
「君、靴持ってるよね? 履き替えたら?」
アダムの提案は却下だ。浴衣は下駄だからこそ可愛いのだ!
わたしはその場でツーステップを踏んだ。もう一回やってくるっと回る。
おお、できた。できるぞ!
「コツ掴んだから平気そう!」
みんな不審顔。な、なんで?
入る時も出る時も必ずパートナーと一緒が条件だそうだ。
そうだよね。パートナーと踊る踊りなわけだから、急にどちらかが増えたり減ったりしたら、ひとりポツネンさんが生まれちゃう。
わたしはアダムの手を引く。
「輪に入ろう」
同じ学園生だけどまだ知らない人たち。知らないのに学園生ってだけで普通に助けてくれた人たち。お祭りはまだ終わっていない。ひとりでも多くの人と出会いたい。友達になれるかもしれない、誰かと。
アダムは小さく息をついて頷く。
「転ばないようにね」
そう言ってからは大股で歩いて、さっとわたしを引っ張って輪の中に入る。
向かい合わせでお辞儀をする。
進行方向に向かい、横向きに手を取り合う。そしてツーステップ。
くるっと回してもらったところでお礼をいう。
「アダム、今日もいっぱいありがとう!」
「! どういたしまして」
カッコイイ人の笑みは、それだけで縁起がいい気がする。
パートナーチェンジ。
上級生も下級生も同級生も。何人もの人とパートナーとなる。
「その服、3ーDだよね? 可愛いね」
先輩に褒めてもらったり。
後輩くんはわたしを知っているみたいで、シュタイン領の物を好きだと言ってもらえたり。
女子が騒いでいると思ったら、ロサだった。
「終わりの言葉、感動した!」
そう伝えれば、にこっと笑う。
「大変だったね、君が無事でよかった」
生徒会長はあったことをご存知のようだ。
生徒会メンバーとも踊り。神話同好会の方々とも踊ったよ。
時々こけそうになったけど、パートナーの人が支えてくれたり、手を強く上げて引っ張ってくれて、無様に転ぶことはなかった。
足の痛さがピークに達した頃、パートナーになった人が、自分も抜けたいんだけどと気をきかせて一緒に輪から出てくれた。
会釈をして一歩踏み出すと、もふもふがかけてくる。
「お疲れー」
レニータたちはもっと前に輪から出ていたようだ。
飲む? と出してくれたのはグレーンのジュースだ。
わたしはありがたくいただいた。
踊って喉が乾いていた。冷たさが心地いい。
そのうち、輪から外れたD組の子たちが集まってきた。
アダムもだ。
ちょっと移動して、中庭のベンチに腰掛ける。
キャシーが言葉通り飛び上がったので、その動きに驚いた。
「どしたの?」
「と、トカゲ!」
「トカゲ?」
ベンチの方にぴょんと飛び出た枝に、鈍臭そうな茶色っぽいトカゲがのっそり幹の方へ移動していた。
わたしが捕まえて幹に張り付かせてあげると、みんなが驚く。
「リディア、もふもふしたもの以外だめだったのに、トカゲ平気なの?」
「え?」
わたしは首を傾げる。
「……そうね。他のはダメな気がするけど、トカゲは親近感がわくっていうか、なんか平気だわ」
アダムがなぜかわたしから視線を逸らした。
おしゃべりに夢中になっている間に、音楽が小さくなっていった。
真ん中の篝火も小さくなっている。
名残惜しいけど、そんな風に学園祭は終わっていった。




