第9話 森の主人
本日投稿する3/3話目です。
ばん!
ドアが開いて、真っ青な顔の母さまが走ってきた。わたしを片手で抱え込み、もふの顔を片手で引っ叩いた。
わたしは驚いた。
もふも驚いた。
母さまはわたしを抱きしめ、ぺしゃんと座り込む。目だけはきつく、もふを睨みつけたまま。
父さまが走ってきて、そんな母さまとわたしをしっかり抱き込んだ。
「もふは送ってくれたの」
わたしが慌てて言うと、母さまが目を少し見開き、そこで気力を使い切ったように気を失った。くたっと崩れた母さまを父さまが支えて抱きあげる。
「謝罪は後ほど。妻を運んですぐに戻ります」
父さまは母さまを抱え込みながら走っていった。
「もふ、ごめん。痛い? ごめんね。わたしちゃんと言わなかったから」
母さま、具合まだ悪い。お医者さまに行ったのに。不安に支配されそうになる。
『人族のペチンなど痛くも痒くもない。あれはお前の母親か?』
「うん。母さま、具合悪い。栄養あるもの食べて欲しい。森で探してた」
「リディー」
兄さまに抱きしめられる。目は泣きはらしたように真っ赤だった。
「無事でよかった! 探したんだよ」
やっぱり心配をかけていた。すぐに謝る。
「ごめんなさい。気がついたらひとりだった」
「こちらは?」
「会った。送ってくれた」
兄さまは片手を胸に手を当て、片手を後ろに回し、丁寧なお辞儀をした。貴族みたい! って貴族らしいし、貴族を知ってるわけではないんだけど。
「妹を保護して送ってくださり、感謝します。ありがとうございます。また母をお許しください、森の主人さま」
「森の主人?」
わたしは首を傾げる。もふのこと?
『お前を妹と呼ぶ者は心得があるようだな』
もふの鼻が気持ち上を向いている。
父さまが急いで家から出てきた。
兄さまと同じようにもふに丁寧な礼をとった。
「ご挨拶申し上げます。この地の新しく領主となりました、ジュレミー・シュタインでございます。このたびは娘を保護していただき、深く感謝いたします。また妻をお許しくださいますようお願い申し上げます。罰は私めに」
『お前が新しい領主か?』
父さまが顔をあげる。
「娘はあなたさまと会話をしているようですが、私には残念ながら何をおっしゃったかわかりませんでした」
「父さまが新しい領主か?って」
そっか、みんなに聞こえるものではないのかと通訳をかって出る。
「はい、父に代わり私が継ぐことになりました」
「森の主人さまなの?」
わたしはもふに尋ねる。
「リディー、主人さまには敬意を持って丁寧に話しなさい。主人さま、娘はまだ幼いのです、お許しください」
『主人と名乗ったわけではないが、ここら一帯は我の庭だ。人族にはそう呼ばれているみたいだ。お前は話し方を変えなくてもいいぞ。今さら丁寧に話されても気持ち悪いからな』
「シッケイな」
「リディー!」
父さまに真っ青な顔で怒られた。
「普通、話していい、言われた」
理由を言えば、父さまはため息をつく。
『それより、お前の母親だが気になることがある。具合が悪いといったな』
うんとわたしは頷いた。
『変な気が出ていたぞ』
「変な気?」
どういうことだろう。
「詳しく、わかる?」
『ちゃんと見ればな』
「小さくなれる?」
異世界ファンタジーでは、大きさ自由自在の子がいたから、もふもそうならいいと思って聞いてみた。
『小さくとは?』
「わたしが抱っこできる大きさ、なれる?」
そうしたら家の中に連れて行ける。
『そんな小さくなってしまったら威厳がなくなる』
「だいじょぶ。かっこいい、変わらない」
少々ごまをすっておく。かっこいいより、もふは美しくかわいいから。小さくなったらもっとかわいいと思う。
少し考え込んだが、ヒュヒュヒュっとわたしでも抱きかかえられるぐらいの子犬サイズになった。思わずギュッと抱きかかえて頬擦りしちゃう。サイズは自由自在か、さすがファンタジー!
「かわいい!」
『こら、何をする』
父さまたちは蒼白になってこちらを見ている。
「もふもふ、気持ちいい」
わたしは駆け出した。
「リディー、走ったら危ないよ。どうしたの?」
「母さま、見てくれるって」
父さまたちの寝室に入る。
白い顔を通り越して、土気色に見えるところもある。朝よりもっと具合が悪そうだ。そんな体でわたしを守ろうとして走って、あんな大きなもふに臆せず叩いた。
「母さま……」
わたしの後を父さま、兄さまたちがついてくる。
ベッドの横にくると、もふがベッドに降りたって、母さまに鼻先を寄せた。
『やはりな。お前の母親は病気じゃない、呪いにかかっている』
「呪い?」
「呪い? リディーどういうことだ? 主人さまはなんとおっしゃったんだ?」
「母さま、病気じゃなくて呪いって」
「呪い?」
兄さまたちが声を揃える。
「父さま、呪い、どうしたら解ける?」
父さまは呆然としている。
わたしは足に捕まって揺らした。
「あ、……すまない。呪いはかけられた呪いによって解除方法は違うんだ」
「呪い解けないとどうなる?」
もふに尋ねる。
『呪いによるが、……死臭がしている』
胸をギュッとつかまれたみたいだ。でも、動揺している場合じゃない。
「呪いを解く方法、知ってる?」
『媒体を探して壊す。聖女がいれば一発だが今はいないし。母君は光の担い手か?』
「母さま、光使える」
『それなら聖域で聖水を浴びれば少しは回復するかもしれない。光も魔力が強ければ媒体を壊すことができる。母君の光だけでは足りないようだな。他に光を持つものはいないのか?』
「いにゃい」
父さまに聞かれて、今の話を聞かせる。
「もし、光を持つものが他にいれば、なんとかなるのですか?」
『人族には無理だが、我が手を貸せば解除できるだろう』
父さまに告げる。
父さまがもふに頭を下げた。
「主人さま、お願いでございます! 聖域で聖水を浴びさせていただけませんでしょうか? 少しでも回復できたらその間に媒体と光属性の者を探します」
「もふさま、お願い!」
『その〝もふさま〟とは何だ?』
もふさまは首をかわいく傾げた。
「もふもふのもふさまだよ」
父さまはハラハラしているように、わたしともふさまを交互に見ている。
『まあ、いいだろう。だが、この者が聖水で回復するかどうかはわからない。それは心得よ』
父さまに伝えて、わたしたちは頷いた。
そうと決まれば、兄さまたちは留守番で、父さまに母さまを抱えてもらって、もふさまに乗り込んだ。