第899話 忍びきれなかった悪意⑥託す<後編>
一瞬、ガインのお父さんは表情を緩めた。
床の上から声がする。
「ガイン、それを渡せ。馬鹿げている。ガゴチはワシの国だ!」
暴れていたのがふと止まる。
「お前、ニアに全てを託していると言ったな? 話はついていると。どういうことだ? あの若造にワシの国をやるつもりだったのか? お前はそんな考えだったのか?」
「父上がこうなる前に気づいてくださることを望んでおりました。私たちの考えでは人は動かない、ついてこないと」
「う、裏切り者め! お前なんか息子でもなんでもない!」
今度は現将軍に対して激昂している。
「裏切るなら、こんなところまでご一緒していません。父上がジェイを探すのもわかるから、それに付き合いました。けれど、その子供たちは関係ない。まだ小さな学生の弟や令嬢を人質に取ることをいい方法だとは思っていない。
けれど父上は、戦いで全てを勝ち取ってきた方。父上にはそう説いても伝わらない。何もなく引退という形で、後世に国を明け渡すのが一番と思っていました。できればもう少しガインが成長し、周りがついてきてくれるようになってからがよかったですが、そうも言っていられない。
現段階で国を託せるのはニアだけです。私は現将軍としてそう判断しました。
父上には私がご一緒します。私の供だけでどうか収めてください」
血の繋がった3人の家族。互いに考えが違い、確固たる思いがある。それぞれの立場で互いに向き合っていた。現将軍とガインの心情に、なんだか泣きたくなってくる。
「ええい、お前らを信じていたワシが愚かだった。ジェイの倅よ。ジェイはどこにいる? あいつが全ての元凶だ」
おじいさんは矛先を、ジェイに変えたようだ。
お兄さまが静かに言う。
「おりません」
芯のある声だから、落ち着いた声なのに思ったより響く。
「あ?」
「ジェイは、もうどこにもおりません」
「死んだのか?」
おじいさんの叫びのような声に、お兄さまは頷く。
「記憶がある頃には会ったことはありません。あなたはずっとジェイの亡霊に執着していたんです」
「嘘だ! そういうことにしたくて言ってるんだろう? ワシから逃すために」
「いいえ」
キッパリと否定。
「ガゴチをいつか自分の物にし直す気で」
おじいさんの妄想は止まらない。
「いいえ、ジェイはもうおりません。
それにあなたの話を聞いて、やっとわかりました。
濡れ衣を着せられそうになり逃げたと、人づてに聞きました。けれどジェイを支える人たちは多かったとか。濡れ衣だといえばいい話なのになぜ逃げたのか。そこが腑に落ちなかった。
初代将軍は思ったのでしょう。ガゴチの将軍にはあなたの方がふさわしいと。真にガゴチのことを思い、国を守るために汚いことに手を染めることも厭わない、つけ込んでくる人々から国を守った。それを知っていたから。
ジェイは逃げたんじゃない、あなたに託したんだ」
そうか……。確かに、慕う人が多かったなら、濡れ衣は晴らせただろう。ガゴチは武力が全て、下克上というから怪我をしたとかで強さの証明ができず逃げたのかと簡単に考えたけど。
そうかもしれない。ジェイは副将軍の業績をちゃんとみていた。自分より副将軍の方が将軍になるべきだと思った。けれど、濡れ衣を着せられれば、死ぬことになるかもしれない。死ぬことは避けようと思ってそのまま離脱し、言葉を交わせないままとなった? そうと告げなかったのはどうしてなのかはわからないけど。
「ジェイが……死んだ……? 死んで……」
おじいさんの瞳が虚になった。
腑抜けたようになってしまったおじいさんと、現将軍が連れて行かれた。
ガインには、どう声をかけていいかわからない。
ひとまずわたしたちは、みんなが心配しているだろうから、戻るように言われる。後で説明をしてくれると。この年のこの学園祭は一度しかない。だから楽しんでくるよう言われ、複雑ではあるけれど、わたしたちは会場へと戻った。
途中お父さまたちと会って抱擁されたり、ガーシたちにお礼を言ったりした。もちろんアダムにも。どういうことだったのか知りたかったけど、教室に戻れば浴衣に急いで着替えさせられ、話をする時間は持てず、売り子を頑張った。
少し前に緊迫した状況にあったなんて思えないほど、穏やかで優しい忙しい時間が過ぎる。
4のCの先輩たちにも報告が行ったみたいだ。でもわたしの顔を見ないと安心できないと来てくれたり。
ヒンデルマン先生は、弟くんはお兄ちゃんと会うことができたし、親御さんと一緒に帰られたことを教えてくれた。
そしてヒンデルマン先生はお祭り屋台の遊びを全て制覇し、それから大人買いして、わたしたちに焼きそばやたこ焼きをご馳走してくれた。
そうこうしているうちに終わりを告げる鐘がなった。
「間もなく閉門の時間です。本日のご来園、ありがとうございました。
学園祭を終了し、後夜祭に移ります。園生は片付けをし、後夜祭の準備に取り掛かってください」
アナウンスが響く。
みんなで浴衣で後夜祭に出るとのことなので、着替えずに片付けをしていく。
作ったものは後夜祭で燃やすそうだ。
作るのにはそれなりに時間がかかったのに。壊すのはあっという間だ。
教室は片づいてしまった。
篝火を点火するというアナウンスが流れた。
第3校舎前の中庭で後夜祭が始まるそうだ。
夕暮れ時。今日もいろんなことがあったと感じるのに、夕焼けはいつもと何も変わらなかった。




