第898話 忍びきれなかった悪意⑤託す<前編>
「父上、そうだとしたらそれが道理なのでしょう。
時の流れにより、人も国も変わっていかないとなりません。それを留めたいがためにわたしたちがしたこと、それがこんな結末となっているのです」
「な、何を言ってるんだ」
「国を生かすには、人も国も育たなければならない。それを私たちが過去の栄光に執着して止めてしまった。ガゴチは変わるときにきているんです。ガインもそれに気づいている。ニアも柔軟な考えを持つもの。力を合わせればきっと良き国となる」
激しい親子の言い争いに誰も口を挟めなかった。
けれど、ふたりには確かな思いがあり、それぞれに遂行しようとしているのはわかる。そして現将軍のいうことの方が、話が通っている気がした。
「話にならん。おい、拘束を解け。解かぬなら、この場を破壊し、道連れにしてやる。いや、いい。ジェイの息子よ、居場所を教えろ。お前の父はどこにいる?」
おじいさんは、すごい形相だ。
その時、銀短髪の少年、ガインが入ってきた。
「ガイン・キャンベル・ガゴチ、参上いたしました」
武人の礼をとる。
現将軍が彼を呼んで欲しいと要求してから来たのだとしたら早すぎる。近くにいた?
「ガイン、リディア嬢を捕らえろ」
「は?」
捕らえられているおじいさんがガインに命令し、ガインは聞き返す。
「その娘を捕らえろ。アランの口からジェイの居所を聞き出すんだ!」
「……祖父上」
おじいさんが盛り上がれば盛り上がるほど、周りは冷めていく感じ。
ガインも困惑気味におじいさんを呼ぶ。
「何をしておる。ほら、ガインはダメだ。少しも言うことを聞かない。
それにしてもシュタイン伯も盛大にしでかしたものだな。自分の子ではないのに正式な届け出を出すとは。あれはどんな罰になるのだ?」
楽しそうにおじいさんが尋ねる。
白い制服姿のひとり、そのリーダーでありそうなバンパーさんは言った。
「正式な書類、届け出があれば、それは偽りにはなりません」
「正式な書類?」
「はい。産みの親であり、シュタイン夫人の姉であるフローラさんからの書状があり、グリフィス家も認めたものです。子供たちが争い事に巻き込まれないよう、妹であるシュタイン夫人の正式な子供として育てて欲しいと」
「な、なんだとー?」
「争い事に巻き込まれぬよう、証書に養子であるなどと情報は入れませんよ」
おじいさんはがっかりしたように視線を落とした。
そして次に顔をあげた時、ポンポンポンポンと小気味のいい音がした。
ええ?
警備兵とやり合ってる。
警備兵は魔法で形を作っているもの。強い衝撃を受けると消えてしまうが、次の瞬間新たな警備兵が捕獲者の前に現れる。
「おのれ、ちょこまかと」
すごいのはそれに間髪入れず攻撃をし続けて、無限の戦いをしているおじいさんだ。
その年でそのスタミナも凄い。魔法兵は聖樹さまが作り出している。それにこんなについていけるなんて。
「……祖父上、おやめください」
息切れしたところを、警備兵が取り押さえた。今度は床にひれ伏せさせて、その背中の上に膝をのせた。おじいさんは身動きが取れないようだ。
息づかいが荒い。
「……お前、来るのが早かったな。もしや、お前が身内を売ったのか?」
「祖父上が学園で間違いを起こさないといいと思ってました」
「……ガイン」
「父上。なぜ祖父上を止めなかったのですか? 」
ガインは現将軍である、お父さんに尋ねる。
おじいさんの暴挙をなぜ止めなかったのかと。
「ガイン、父に口答えするほどお前は強いのか?」
おじいさんが床から声を上げる。
「強いとかより、人としての道理を守ってよ。強さで非道さは正当化できない。ガゴチを誇れる国でいさせてよ!」
それは心からの叫びだった。だから胸を打つ。
わたしはガインに好感を持った。人としての道理を大切とするからではない。
彼は、おじいさんとお父さんと考えが違うんだ。そして彼の意見は聞いてもらえない。ダメなやつと一蹴だ。けれど彼は伝えることをやめてない。わかって欲しくて、それを諦めない。わたしはそういうところが好ましいと思った。
皮肉げな言い方をしたり、ひねくれた見せ方をしているけれど、実直な人だと思った。
「お前は人の幻想を追ってばかりだから駄目なんだ。人ってのは理想の皮を被っただけの欲望だ。つけ入る隙あらばどこまでもつけ込むのが人ってものだ。
ガゴチの初代将軍とまつりあげられた男は、理想だけ貫き、人の暗いところは見ようとしない奴だった。ワシが何もかも片付けてきた。汚いところを請け負って、力でねじ伏せた。ガゴチはワシの力で建てたのだ。誰にも渡さぬ」
……ああ、そうか。そうだったんだ。
アランお兄さまの横顔を斜め後ろからそっと窺う。表情は変わっていなかった。
おじいさんからすると、ジェイ将軍はきれいなところだけを請け負って、理想の言葉をつむぎ、それに賛同した人たちを引っ張っていくように見えた。汚れ仕事は全部自分がやっていたと思っているんだね。だから上前だけはねられているような気分であり、ジェイ将軍が許せなかった。ジェイ将軍がガゴチの将軍でいることが許せなかった。
そして下克上を起こして将軍に成り上がったけれど、初代将軍の生死がわからず心はもやもやしていただろう。
「父上、ガゴチは確かに父上によって建てられ、発展したのでありましょう。けれど、時は流れた。国とはもう一個人のものではなく、そこで暮らす全ての者のものなのです」
「何を言う! とち狂ったか?」
警備兵に組み伏せられているのに、また暴れ出した。
「父上が建国されたのは確かです。けれど私たちのような力で全てを解決しようと言う考えでは誰もついてこない。ガゴチは次の世代に任せましょう。私が父上のお供をしますから」
「ホクト、お前は何を言っているんだ!」
「ガイン、私に何かあった時はニアに全てを託すと話はついている。お前はまだ幼い。彼から学ぶんだ。これをニアに渡しなさい」
付き添いの人は礼儀正しく警備兵に頼んだ。何かするわけではないとわかったのか、警部兵が手を緩める。付き添いの人は、首から下げて肌見放さないようにしていたネックレスを外す。先には小さな袋が付いていた。
「ホクト正気か!? それは玉璽だ」
玉璽ってことは印鑑。トップの証明であり、その指示を出すときに押したりするやつだ。
「ガイン・キャベル・ガゴチ。遂行しろ」
ガインはお父さんから袋付きのネックレスを受け取り、中身を確かめる。そして自分の首にかけた。胸の前で片手を開き、もう片方が拳を握り、パーの手に拳を打ちつける。
「拝命承りました」
「ガゴチを頼んだぞ」
「御意」




