第896話 忍びきれなかった悪意③機会
音楽棟は静まり返っていた。
いるよね?と不安になる。
4階までえっちらほっちらあがった。
胸がざわざわしたので聖水を一口含む。
もふもふがわたしを振り返った。
大丈夫だとわたしは頷く。
依頼人として他の奴がきたらどうしようかとも思ったけど、教室にいたのはガインのおじいさんとお父さん。つまり、ガゴチの前将軍と現将軍。
もふもふが中に走っていき、窓際にお座りしてハッハする。
胸がザワっとするので、聖水をもう一口飲んだ。
「リー、大丈夫?」
「4階はしんどい」
そういうことにしておこう。
これくらいなら聖水で耐えられる。聖水の利用法を教えてもらっておいて良かった。聖水はわたしにとって精神安定剤のような役割もしてくれる。
「ご機嫌よう、お嬢さん」
「ご機嫌よう」
「君がアラン・シュタインくん。初めまして。ヒダカ・キャンベル・ガゴチだ」
「初めまして」
お兄さまも答える。
「さすが双子だ。ロビンくんとそっくりだ」
「身内に、間違われたことは一度もありませんが」
おお、さりげなく、身内へと話を誘導だ。
おじいさんは咳払いをする。
「君たちは席を外してくれるか?」
傭兵崩れはそれに大人しくしたがった。
わたしたちが言い出すこともなかったね。
そりゃ、向こうの方が、知られたくないことだものね。
「さて。さすがシュタイン家の子供たちというべきか、ジェイの子というべきか」
簡単にカードを見せてきた。その言葉をあえて使わずのスタンスで話すと思ったのに。
わたしたちの表情を見て、嬉しそうな顔になる。
「奴らは寝返ったのだろう? それをわかっていたのにワシらがここに来たのは、君たちが何をしようが、ワシらが何かをした証拠は出ないからだ」
バレるかなと思っていたけど、バレてたみたい。のってはきたけど。
「落胆することはない。子供にしては頭が回る方だ。だから、リディア・シュタイン嬢、今一度機会をあげよう」
「機会、ですか?」
「そうだ。君がいうことを聞いていい子にしていれば悪いようにはしない。君は貴重な子だからね」
アランお兄さまが、わたしを庇うように一歩前にでた。
「その目、ジェイにそっくりだ。正義感溢れる強者の目。ワシはジェイのそんなところが鼻について嫌だった。散々探し回ったが、隣の大陸で子供を作り、徹底的に隠していたとはな」
おかしそうにクックッと喉を鳴らす。
「芸術の分野は魔法が使われないよう、遮断する魔具が組み込まれている。そしてワシはこの部屋では魔法を使えなくした。ワシらはお前たち子供に非道なこともできる。守りの発動の前に、息の根を止めることも可能だ」
余裕綽綽の顔で、ゆっくりとそう言った。
「それがこの音楽棟に招待した意味だ。
君たちの浅知恵は想像ついている。ただ君たちの身の振り方を、自身で選ばせてやろうと思ったから、ここまで来てやったんだ」
のってやったんだと恩着せがましい。
「お遣いさま、でしたかな。攻撃しようなどと思わないことだ。あなたが動いた時、シュタイン嬢か、子息。どちらかを助けられますが、どちらかは命を落としますよ」
もふもふが窓際から、イラッとした視線をおじいさんに向ける。
「子供というのは相手の力量を測れない。お遣いさまがいるといっても、たったふたりで我らに敵うと本当に思ったのか?」
そう言ってご満悦の表情。
「シュタイン嬢、選ばせてやる。兄の死か、我らとガゴチにくるか。さあ、選べ」
「……わたしをガゴチに勧誘する理由はなんですか?」
「使いようがあるからだ。孫の嫁にちょうどいい」
「嫌です」
「いや、とな?」
「はい、能力や何かを買われたならともかく、嫁にちょうどいい、そんな理由でなんで他国にいかなくちゃいけないんです? それを頷くと思う考えがそもそもわかりません」
「わかるもわからないも、従えばいいんだ。
わかっているのか? いうことを聞かなければ、お前の兄がどうなるか」
「わたしがついて行ったとして、兄の命を保証されるとは限りませんよね?」
おじいさんはニヤッと笑った。
「そこに気づくとはますます嫁にいいな。気づいた賢さを評価して、兄も大人しくいうことを聞くなら命を保障してやる」
「数分で言うことが2転も3転もしているのに、何を信じろと?」
「信じなくてもけっこう。言うことを聞かなければ死あるのみ」
「結局はそうなんだから、最初からそう言えばいいのに」
こういう人は信じられない、とわたしは思った。
「いう通りにすれば、命はとるつもりはなかったぞ?」
「いいんですか、ジェイの消息を知らないままで?」
お兄さまが発言する。
「なぁに、子息はもうひとりいるだろう? 死を免れたロビン・シュタインが」
「やっぱり、あなたが襲わせたんですね?」
確認する。
「ふふふ、そうだ。双子と聞いていたからな。ひとりいなくなってもいいだろうと、恨みを込めて奴の息子の息の根を止めるつもりだった」
「父上」
初めてお付きの人が口を出す。
「何、この部屋は障害波が出ている。シュタイン嬢は録音が得意と聞いているが、障害波が出ていたらどうしようもないだろう。ワシの発言が不利になることはない」
へー、わたしって録音が得意なんだ?
得意ってどういうこと? この魔具って発動させれば誰でも使えるものじゃないの? 違うのかしら? そんなことを思いつつ。
「やっぱり、そうでしたか。録音で証拠もとられない。人の行き来が見える。だから、ここを選んだんですね?」
「ああ、その通りだ」
「ですよね。わたしでもそうします」
わたしはにこりと笑う。
「ロビンお兄さまを襲わせ、命をとるつもりだった」
「ああ、そうだ」
「そして次にデヴォン・マンドの弟を捕らえて、アランお兄さまを餌にわたしを連れてくるよう依頼しましたね?」
「アラン・シュタイン、リディア・シュタイン。ふたりが欲しかったからな。考える頭のなさそうな奴らだったから、やり方を教えてやった」
「デヴォンを巻き込んだのはなぜですか?」
お兄さまが質問する。
「昨日、シュタイン嬢と騒ぎを起こしたと聞いて、ちょうどいいと思ったからだ。まあ、弱みを握ることができれば誰でも良かった。あのつるんでいる中で奴は異質だったのだろう。役割に適しているのはあの者だと学生が教えてくれた」
!
それってデヴォンはあのグループの子たちから人身御供にされたってこと?
腹立たしい気持ちになったけど、……元凶は目の前のこの人たちだ。
「……わたしたちを学園の外に出して、どうするつもりだったの?」
聞いておかないとね。
「学園は守りが強固になったと聞く。でも同時に生徒がしたことなら目眩しになる。
学園の守りは計ったことがないから侮れない。だから学園より外に出したかっただけだ。学園の守りがなければ子供などどうにでもなる。
それに守りが薄くなれば、互いを守ろうとするだろう。シュタイン嬢は連れていき、息子にはジェイの居所を吐かせるつもりだった」
概ね外れていなかった。
「本当にわたしをガゴチへ?」
「そう思っていたが、令嬢は想像以上に頭が回る。ガインでは使う前に使われてしまいそうだな。
それなら欲しいというのにやるさ。令嬢の加護の力を欲しているから」
加護の力ねぇ。
「さて、おしゃべりはここまでだ。アラン・シュタイン。ジェイはどこにいる? 答えろ。さもないと、お前の妹の……」
と、学園内で刃物を出したところで決着はついた。
警備兵もいっぱい出てきたけど、騎士たちが4人がかりでふたりを拘束した。
「な、なんだ? ど、どこから現れた?」
おじいさんが声をあげた。




