第894話 忍びきれなかった悪意①捨て駒
もふもふを抱きしめて。隣には4年生。
戻ってきた。本当に異空間に行っていたんだな。
さて。すぐに行くよ、アランお兄さま。
「デヴォン・マンド」
隣に呼びかけると、デヴォン・マンドは驚いたようだ。
「な、なんだよ?」
「信じがたいと思うけど、今、聖樹さまと話をした。ゲイブ・マンドくんはヒンデルマン先生のところに送ってもらった。足、止めないで」
一瞬止まりそうになったので注意した。ふたりでそのまま歩く。
「ど、どういうことだよ?」
「言ったままだよ。弟くんは安全。ただあなたはもう少しつき合って。傭兵崩れを雇った人を引きずり出したい。だからこのまま中庭に行く。
弟くんはいないから、あんたはそこでごねて離脱して」
「お前はどうするんだ?」
「わたしは後ろにいるやつを引きずり出すの」
「……どうやって引きずり出すんだよ?」
「出たとこ勝負にはなるけど、捕まえてこいと命令されたのだろうから、連れていくんじゃないかな。それを学園内で片をつけるように駄々をこねるつもりよ」
『後ろに来たぞ』
もふもふが教えてくれたから、わかってた。
中庭に向かう途中で、傭兵崩れに声をかけられる。
「こちらに来い。言う通りにしないと、わかってるな?」
わたしたちは大人しくついていく。
特別棟の倉庫だ。
「お兄さま!」
「リー!」
わたしたちはわざと声を掛け合い、寄り添った。
お兄さまのそばにいた傭兵にも止められなかった。
「弟は?」
デヴォンがまず確かめる。
「……他の場所にいる。仲間がみている」
アランお兄さまがちろっと傭兵崩れに目を向ける。
わたしたちを脅してきた傭兵は表情を崩さない。
弟くんが急に消えて、そういうことにしたんだろう。
「話が違う! 嘘ついたな!」
と、デヴォンがわたしを後ろに引っ張った。
え?
「弟を連れてこい。さもないと」
「さもないと、なんだ?」
「魔法を使うぞ」
「あ? 使ってみろよ。防げないとでも思うのか?」
「防げても、すぐ警部兵がやってくる」
男たちは息をのんだ。
「俺が今まであんたたちを攻撃しなかったのは、万が一にでも弟に何かあったら困るからだ。嘘をつき、弟をどうにかしたなら、許さない! 弟を連れてこい!」
えーーーーーーーーーー!
なんか拗れた。
「待て。弟は無事だ」
「それをどう証明する?」
デヴォンが迫る。
「警備兵が来て俺たちが捕まれば、お前の弟は二度とお前とは会えなくなるってことだ」
なかなかの脅しっぷりだ。
「俺はこのふたりを連れてきた。弟と俺を解放しろ」
凄みを利かせるデヴォン。
「今、仲間と連絡をとるから待て」
そう言って傭兵同士でこそこそ話し始めた。
もふもふが体を揺すったので、もふもふを放す。
「なんで逃げないのよ?」
小さい声で憤慨すると、デヴォンは目を細めた。
「友達と後輩置いて逃げられるか」
口を尖らせている。お兄さまを人質にわたしを脅したくせに。
ひねくれているところがあるけど、悪い子じゃないのはわかる。それにお兄さまを〝友達〟と呼んだ。エサにはしたけど。
弟くんがいなくなったから、彼はいつ切り捨てられるかわからない気がする。けれど、いざとなったら聖樹さまが救ってくれるはず。恐らくこちらを気にしてくれているだろうし。
傭兵崩れたちは、水色の鳥を飛ばした。
そしてわたしたちを脅した方の傭兵が、わたしたちの前に守るようにいる子犬のもふもふをチロリと見た。そして蹴り上げようとした。
もふもふはもちろん避けた。
「もふもふに何するの!」
わたしは声高に叫んだ。
「何って学園に犬がいたら変だろうが」
この人たち、お遣いさまって聞かされてないのか。ってことは本当に捨て駒だな。
「おじさんたち、わたしたちをどうする気なの?」
「お、おじさん?」
お兄さまについていた傭兵の方が打撃を受けている。
20そこそこだろうからね、わかるよ。子供がいれば違うだろうけど。おじさん呼び染みるよね?
「お兄さんは別にどうもしたりしないよ。君たちを学園の外に連れていくだけ」
「おい、ガキと何も話すな」
わたしたちを連れにきた人に主導権があるみたい。残されていた人は、少し頼りない感じ。
情報を漏らしてくれそうなのは頼りない方。
交渉するなら主導権のほうだね。
最初はこの状況にただ怯え〝言うとおりにするから痛いことはしないで戦法〟でいこうと思っていたんだけど、主導権ある奴にはそれは通じない感じ。なら、初めから交渉の方が良さそうだ。
「おじさんたち、報酬はいくら?」
「リー!」
お兄さまが嗜めるように、わたしの名を呼んだ。
「貴族の嬢ちゃんってのは生意気だな。金により仕事は受けるが、報酬で依頼を覆すことはない」
ふうーん。本当に傭兵崩れなんだな。けれど最低限のラインは越えない。
ある意味、信用できる。
デヴォンも脅されたと言っていたから武器を携帯していると思ったのだけど、見えるところに剣などはなかった。体術も……しっかりした体つきではあるけれど、フォンタナの戦士には劣る。大人だから力はあるだろうけど、アランお兄さまの方が強そうだ。ひとりをわたしが魔法で止めればいい。もふもふもいるからなんとかなる。一応、不測の事態に備えてシミュレーションしておく。
「あら、誰が寝返えさせると言いました? わたしはただ、捨て駒にされるだけなのに、それに見合う報酬はいくらなのかと思って尋ねただけよ」
「何言ってやがる? 捨て駒だと? 誰が?」
頼りない方がキャンキャン吠える。
「ちょっと待て。お前、本当にリディア・シュタインか? 貴族のお嬢さまってのはこんなふうに連れてこられたら、涙でも浮かべるものじゃねーのか?」
「わたしはリディア・シュタインよ。でもだから捨て駒なのよ。わたしのこと、何も聞かされてないのね。わたしは今までも何度も危ない目に遭ってるし、それから今記憶がないの。こっちは犬ではなくて、お遣いさま。そんなことも教えられてなかったんでしょう?」
親切にも指摘してあげた。
「別にそんなこと知らされるようなことじゃ……」
「遣いって、誰の遣いだ?」
頼りない人は相変わらずだけど、主導権の方は気づいたみたいだ。
「学園の守りである聖樹さまからのお遣いよ」
「それがどうしたってんだ?」
頼りない人はわかってないけど、わたしはふふんと笑う。
学園の外にも、学園は聖樹さまというシステムに守られていることと知られているそうだ。それ以上のこと、つまりその聖樹さまっていうのが意思のある樹で、世界樹であるってことまでは知られてないそうだけど。
生徒になると聖樹さまの大木に触れるという儀式があるそうで、そこは知りえるが、話すことができたり、世界樹であることは理事長と僅かな教員&生徒にしか知らされていないという。
「俺たちのことは学園の守りの〝セイジュ〟だとかに知られてるってわけだな?」
「ええ、弟くんも無事よ」
ふたりは顔をしかめた。
「わたしたちを学園から外に出すだけでいい。呼び出すには生徒を使うこと。外に出すだけだから、悪いこと感は薄まった? それに見合う報酬だと思った?
クラブの演武に入ったのはあなたたち? 仲間?」
「同じように頼まれた連中だ。そこまでわかっているなら、学園生ならなんとでもできる。それなのになぜついてきた? 俺たちをとらえるためか?」
「あなたたちを捕らえても何にもならないわ。指示した人を捕まえたいの」
「そう言われて口を割ると?」
「検討はついているの。ただ引きずり出したいだけ」
主導権は腕を組み、わたしを見下ろした。
わたしの言葉を咀嚼しているようだ。




