第893話 忍び寄る悪意⑯回避
やることは決まった。
作戦を考えなくちゃと思ったけど、みんなが考えているなら、ガゴチを表に引っ張り出せばなんとかなると思う。
「傭兵はわたしたちを、ガゴチに引き渡そうとするよね?」
ジェイ初代将軍が生きていると思っていて、その脅しに使えるのはアランお兄さま。わたしは関係ない。別の目的だ。
酷いけど、たとえアランお兄さまを傭兵にどうにかさせるとしても、わたしはガゴチと引き合わされるはずだ。ガゴチはわたしを何かしらに利用したいのだろうから。
「……リーはそうだろうね」
アランお兄さまも同じ考えだ。
「リーこそ保護されないとだ。もしガゴチに連れ出されたら?」
「その前に逃げるよ」
「学園で魔法を使えるのは知ってるけど、リーの苦手な瘴気で何かされたらどうするんだ?」
あ、瘴気か、それはまずいな。でも……。
「もふもふ、わたしが自分の意思意外で学園からは絶対出られないようにしてくれる?」
『承知した』
「ありがとう。もふもふもいるし、守ってくれている人もいるから。学園からは絶対でないよ」
アランお兄さまは、苦いものを口に含んだような表情で呆れている。
さて。あとは聖樹さまから情報をもらえるよう、賄賂を渡す予告をしておこう。
「聖樹さま、わたしは世界が終わるのは嫌です」
まるで宣戦布告。聖樹さまが終わらせようとしているわけじゃないのに。
「学園も大好きだから通いたいし、学ぶことも楽しいです」
面倒だとも思うけど、知識を取り入れていくのは嫌いじゃない。
「好きなものがいっぱいあります。もふもふするの好きだし、いっぱいもふりたいし。おいしいものもいっぱい食べたいし、魔法もいっぱい使いたいし、ダンジョンも行きたいし、みんなと遊びたいし、……恋もしたい。やりたいことがいっぱいあるから、世界が終わっちゃうのは困ります。
わたしたち人族も世界の一部です。あがいています。聖樹さまは世界に委ねているというなら、時にはこうやって足掻く世界の一部にも情報をくださいね。わたしの魔力、今度玉に込めることができたら差し上げますから」
『魔力を玉に込めるだと?』
「はい。聖樹さまがくれたヒントのおかげで、玉を作ることができそうです。できたら差し上げます。わたしの魔力を詰め込んだ玉を」
わたしの魔力は純度が高いというし。なにせ漏れたものではなくて、正規品だよ!
わたしはニヤリと笑って、どこからか見ている聖樹さまに余裕なところをアピールした。
よし、あとは戻してもらうだけ。
「では、同じ場所に戻してください。あ、この弟くんは、そうだな、わたしのクラスの担任、ヒンデルマン先生のところに」
『相手は危険な奴だぞ、それでいいのか? 他のところに届けてやることもできるぞ』
「学園には聖樹さまの魔力が行き渡っています」
わたしの魔力と馴染んでいるからわかる。
「この学園で〝生徒〟には加護みたいなものがかかってますよね? 血がドバッて出たり、生命を脅かされるような危険はない、違いますか?」
だから安全と言われる学園なんだ。
だからきっと連れ去ることを選ぶ。
学園内では生徒は有利にことが運ぶから。
警備兵が現れるようなことがあっても、その危険の元さえ取り除けば、またイベントは何事もなかったように再開される。用心しろ、と言っても止めるという選択肢はない。
そこの危険ラインがいまいちよくわからなかったけど、学園の護りを信じているのなら、なんとなく理解できる。
『うむ。今はリディア・シュタインの魔力で力があるから、生徒の命を奪われるようなことはないだろう。けれど、万能かといえばそうとも言い切れぬ。もっと強い何かを持っている者もおろう。死ぬことはなくても心に痛手を受けることもあろう。それを回避しようとは思わぬか?』
「……わたし記憶を失くしてからすぐは、怖い思いをしました。嘘をつかれたし、体も痛めつけられたし、自分がいなくなっていいとさえ思ってました。わたしがとても価値のないものだと思えたから。
でもいろんなことがあって、人と出会って……みんなが助けてくれて、わたし、いつの間にか、〝自分〟にも興味を持てるようになっていました。
最初はみんながよくしてくれるからだと思ったんですけど、それだけじゃありませんでした。誰かからの思いは支えにはなってくれるけど、それは決してわたしのものではなくて。立ち直るには自分で動かなくちゃダメなんです。支えてもらったきっかけで動けるようになったのでも、絶対に自分が動かなくちゃダメなんです。
回避ってその時回避できても、形を変えてまた自分の前に姿をあらわします。だとしたら、回避をしてもいいけど、乗り越えることがもっと大切。ひとつひとつ終わらせていくことが。
同じ学園生ってことで、助けてって言ったら、助けてくれました。
味方が山ほどいます。
ここは学園で生徒のわたしたちは命が守られる。学園内にいれば。
見守ってくれている人もいます。
その人たちとわたしたちの目的は同じです。
それなら今、回避するべきではない。ぶつかって乗り越えるのが最善です。
怖いけど、一人じゃないから、乗り越えます」
頭の中に呼び覚まされる言霊。きっと誰かがわたしに言ってくれたこと。
〈……一緒に終わらせて乗り越えよう〉
そう声がする。優しい温かい声。
〈……怖かった出来事を、一緒に終わらせて乗り越えよう〉
怖い出来事も、終わらせて乗り越えたい。だって……。
〈……乗り越えたという証がお前の力になってくれる。だからあの怖かった出来事を、一緒に終わらせて乗り越えよう〉
そう、乗り越えた証は力になる、自信になる。
〈……大きくなるに従って、いろいろな困難がお前の前に立ちはだかるだろう。その時に乗り越えたという証がお前の力になってくれる。だからあの怖かった出来事を、一緒に終わらせて乗り越えよう〉
その通りだ。記憶は思い出せないけど、何かをなし終えるとそれが自信につながり、記憶がなくてまっさらな何もないわたしでも立っていることができた。歩みを進めることができた。何もないところから自分を確立していく方法。
『あい、わかった。ゲイブ・マンドはラルフ・ヒンデルマンに届ける。お前たちはここにくる直前にいた場所に届ける』
「アランお兄さま、弟くんいない状態。気をつけて」
「わかった、驚いてみせるよ」
『リディア・シュタインも学園の生徒。命の危険や、学園から連れ出されそうになったら保護しよう』
「「ありがとうございます」」
「お兄さま、すぐに合流するから。もふもふ!」
呼べばわたしの胸にぴょんと飛んでくる。
『〝玉〟とやらを持ってくるのを楽しみにしておる』
やっぱり、ちょっと俗っぽい。
と思った時には、わたしは普通に歩いていた。




