第892話 忍び寄る悪意⑮亡霊への執着
「父上とオレたちが似ていると言ったのはガゴチのニアって人。偶然会って、オレたちを助けてくれて。それからしばらくシュタイン領にいたんだ。
そのニアから聞いた。
ニアは前ガゴチの将軍と現将軍が好きになれなかった。それで初代の、姿を眩ませたジェイ将軍を探してた。
前ガゴチの将軍はジェイ将軍がいたときは副将軍。腕っ節はジェイに次いで強かった。ジェイは通り名だ。本当の名はジェット・キャンベル。ガゴチを作った時に、ジェット・キャンベル・ガゴチになった。父上は貴族だったみたいだ。
副将軍はセブ。平民だ。セブはきっと羨んだんだ、ジェイのことを。貴族であることも。してもないことの罪を押し付けられそうになってジェイは姿を晦ます。次に強いセブ副将軍が将軍になり、ヒダカ・キャンベル・ガゴチとなった。
キャンベルという姓まで奪ったんだ。改名して成り変わった。
父上のことは覚えていないし、ガゴチの将軍だったことに思い入れもない。
けれど、父上の偉業を継いだ者が、悪どいことをして武力だけで成り上がり、ひどい国を作っていくのは嫌だなとは思っていた。
そしてロビンにあんなことをして、オレにも何かしようとして、リーにまで何かするつもりでいる。
あいつは父上の亡霊に執着しているんだ。そんな奴が頭にいるのも許せないし、放っておいたら、また手出ししてきそうだ。オレは叩き潰したい」
「賛成」
「リー」
「だから、作戦を練ろう。誰も怪我することなく、叩き潰せる方法を」
『コホン』
コホン? 口で言ったよね? コホンって。咳払いなのか? 聖樹さまが?
もふもふがわたしの足に片足を乗せる。相手をしてやれとでも言いたげに。
?
「聖樹さま、喉の調子が悪いのですか?」
もふもふがうなだれる。
『聖樹さまは何かリディアたちにとって、良いことを教えてくれそうだぞ?』
そうなの? その咳払いのつもりだったの?
「すみません、記憶と一緒に感情の〝機微〟まで忘れてしまったみたいで。何か教えてくださるんですか?」
『うむ。リディア・シュタインを守る者たちは、こうなることを予測していたようだぞ。そうだろう? 森の護り手よ』
森の護り手ってもふもふのことだよね?
わたしを守る人たちともふもふは、こうなることを予測していた?
まぁ、ガゴチの若君から、ガゴチの前将軍がくることは聞かされていた。
若君から気を付けろとも言われたし、今までもなんだかわたしは執着されていたみたいだし。みんながわたしに何かあるかもって危惧していたのは知ってる。
学園祭参加に至っては、門が開かれるわけだからと危険性をとくとくと語られた。そして本当にいいんだなと何度も確かめられた。
不意によぎるアダムのセリフ。
「狙いが外れたのかと思ってね」
あれはわたしが狙われると思っていたのに、ロビンお兄さまがターゲットになったから出た言葉?
もふもふが飛び出した月夜の散歩。運動にもならなかったって言った。
アベックス寮にでた、捕らえられた〝人拐い〟。
「アベックス寮の不審者を捕まえたのはもふもふ?」
もふもふの尻尾がパタパタと揺れる。
『手応えのない奴らだった』
目を伏せ、なんでもないように言っているけど、尻尾が心情を表している。
「すごいね、ありがとね」
チャンスともふりながら言えば、尻尾がもっとパタパタ。可愛い。
いや、そうじゃなくて。脱線した。
「あれもわたし狙い?」
『そうだな。誰かに指示されたのだろうが。貴族で優秀と聞いてAクラスの寮だと思ったようだな』
パズルが1ピースずつ嵌っていくような感覚。
「みんなわかってて、リーを囮にしたってこと?」
「あくまで予測だし、みんなから止められたよ、学園祭の参加は」
「……リー」
アランお兄さまが悲しそうな顔をする。
「それにみんながわたしをただ危険に合わせるなんてことを考える人たちじゃないことは知ってる。そこから導き出される結論は……」
お兄さまの喉がごくんと鳴る。
「わたしを狙うその人たちは、終焉に関係があり、恐らくガゴチ」
「ガゴチが世界の終焉に関係してる?」
わたしは頷く。
「聖樹さま、中立なのに、わたしに情報くれちゃってよかったんですか?」
『我は世界の終焉に関係しているとは言ってない』
聖樹さまのスタンスにいまいち踏み込めないけど、聖樹さまがけっこう好奇心旺盛ということはわかった。
世界のあらゆるところに根をはやし、世界を支える樹。
その伸ばした根の先端からも情報は入ってくるんだろう。世界と通じているのだから、それがどれくらい莫大な情報なのか想像できないほどのもの。
世界が終わるというなら心中する心意気みたいだけど、友達に頼まれて人と交流する学園の土地守りをしている。人が理解できるような心の動きのようなものもある。だとしたら、そんないっぱいの情報があったら、それを使ってみたいと思うこともあるんじゃないだろうか?
最初に尋ねたら、教えたら自分に何のいいことがある?っていうような俗っぽいことも言ってたし。それなら、中立には変わりないとしても、うまくやれば情報をもらうことができそうだ。
「そうなんですね、情報いただいてすっごく助かりました」
『ほーー。周りの者が予測していたとしか我は言っていない。それがどう助かることになる?』
「予測していたなら、みんなの目的は、ガゴチを引きずり出すことです。終焉の関係者だとしたら、ここで捕らえて、人族の定義で身を拘束する罰を与えるのが一番いいと考えると思います」
信念や執着のある上り詰めた人の思考を変えるのは難しい。
そういう人を野放しにしないようにするには、罪を確定して、罰を与え、表舞台にはいられなくすればいい。でものぼりつめた人は罪の尻尾をなかなか見せない。大陸違いなら尚更だ。
それがガゴチがこの大陸、ユオブリアの学園にやってくる。何か起こしそうな気配。だったらその機会を逃すわけにはいかない。
わたしに何かするかどうかもわからないけれど、もし何か仕掛けたとしたら、絶好の機会だ。引きずり出して罰を受けさせる。終焉の1ピースにならないように。
「やっぱり囮じゃないか」
ムッとした声音のアランお兄さま。
「いや、言われたよ。ガゴチが何かしてくるかもって。学園祭は危険だと。何度も何度も確かめられた。それでも参加するとわたしが決めた」
「……リー」
「お兄さまもガゴチを引きずり出して、罰を受けさせたい。みんなも同じ。目的が同じことがわかった。だとしたらやることはひとつ」
「『『ひとつ?』』」
「そ、派手に立ち回って、ぜーーーーーったいガゴチを引きずり出す」




