第891話 忍び寄る悪意⑭中立の意
リディアって娘は大胆でありながらも、人の思いに敏感でいつもうかがっているようなところがある。リディアの話を聞いていてそう思った。それは人族以外にも同じだろう。
思いに優しく寄り添い、細やかな配慮が好まれるのは知っているけれど、きっとわたしの知り合った人たちはみんな同じで、踏み切ったことを聞けないのだろうから、記憶のないわたしが聞いちゃる。
答えられないという答えも予想はしている。
答えてくれたらめっけもんぐらいに思っている。
聖樹さまの姿は見えない。
わたしたちは聖樹さまの中にいるのかもと、なんとなく思った。
だけど、どうしてか上の方を見る。
少しの沈黙。
『記憶を失ったリディア・シュタインよ。我がそれに答えたなら、お前は我に何をしてくれる?』
「……わたしの漏れている魔力を、ずっと差し上げていると聞いていますが?」
ずっとにアクセントを置いて、わたしはにっこり笑ってみせた。
漏れているのを回収しているといっても、元はきっとわたしのモノよね?
『そ、そうだったな』
歯切れが悪い。
『人族に答えるのは難しい。なぜなら我と人族では立場も、見るものも違うからだ。それゆえ、人族の言葉に置き換えるならば〝中立〟が当てはまると思っている』
「それは世界を壊すことは、聖樹さまの中で犯罪ではないという意味ですか?」
『犯罪とは人族が当てはめた定義だ』
「では、犯罪という定義は使いません。聖樹さまは世界が壊されてもいいし、壊されそうになっても、何もしないということですか?」
『我は初めから終わりまで存在、世界を支える樹。我は世界が終わるなら、同じく滅びるのみ』
世界が滅ぶのなら、それもまた世界の定めだというわけね。そういうスタンスなんだ。
「ああ、だから〝中立〟と言われたわけですね。でも中立というならどちらにも加担しないことですよね? 組織はいずれ世界を壊していくことに繋がる手法のひとつに、世界樹の葉をいっぱい使っています。葉を渡されたりしたんですか?」
『我は何もしていない』
葉っぱを渡したわけじゃないってこと? ってことは聖樹さま以外の者が葉っぱを集めたってこと?
「世界樹の葉を、聖樹さま以外の者が集められるものなんですか?」
『人の目にはわかりにくいかもしれぬが、我の葉はいつも生まれ変わっておる』
生まれ変わって?
『葉が落ちれば地に還る。だから人族にはそれが見えてないだけであろう』
「生まれ変わるって、葉が若葉や大人の葉っぱがあって、役目を終え落ち葉となる葉もあるってことですか?」
『絶えず葉が生まれておる』
いいことを聞いた。
「使われた葉は、聖樹さまが渡したとかではなく、集められたものなんですね?」
聖樹さまは無言。
そこは答えられないか、答えたくないかのどちらか。
……人族には見えてないだけ、か。
「人族とは時々こうやって、呼び込んで話をしたりするんですか?」
『リディア・シュタインに魔力をもらうまでは、魔が細っておって何もできなかった。細っておることさえ気づかなかった。
生徒たちと話すこともなく、生徒の魔力をただ感じるだけだった』
「では、わたしの魔力で、こうやって人族と話すことができるようになったってことですね」
と、わたしはすかさず恩を売った。
「そしてここに呼び寄せてもらって、わたしたちは助かってるわけですけど」
フォローもする。
『それだけではない。この学園の護りを強くすることができた。それもリディア・シュタインの魔力のおかげだ』
葉っぱを渡しているのかと思った。特別に誰かにおろしていると。
聖樹さまは学園の土地護りをしている。生徒を守っている。これ、明らかに人に肩入れしてるでしょ? だからね、葉っぱをあげてもトントンでしょう?っていう中立なのかとも思ったんだよね。
でも聖樹さまから渡していないとするなら、これは立派な人族への肩入れだ。
「聖樹さまが学園を守ることは、〝中立〟からは外れないんですか?」
『これは友に頼まれてな。だから続けているんだ』
ふむふむ。
友の願いだから、自分のスタンスからは外れてないって考え?
収穫あったね、今はこのくらいにしておこう。
嫌われて話せなくなったら元も子もないから。
「答えてくださってありがとうございました」
わたしは頭を下げた。
「今から、作戦会議します」
と、アランお兄さまに向き直る。
「お兄さま、傭兵を雇ったのはガゴチかな?」
「お、恐らくそうだろうね」
お兄さまはわたしの切り替えの速さに戸惑っている。
でも、どんどんいくよ。聖樹さまとの話でわかったことを、みんなに伝えないと。
もふもふがわたしの足元に戻ってきた。
「傭兵のもとに、お兄さまもこの子も戻らない。わたしたちも中庭には向かわず安全な場所へ。そうする?」
「それだと同じようなことがまた起こるだろうね」
「でもガゴチはロビンお兄さまに剣を向けたわ。っていうか、あれもガゴチよね?」
「恐らくね」
「それなら、アランお兄さまを捕らえて、同じように害そうとするかもしれない」
「父上が亡くなっていると知らせるまでは、痛めつけられるはあっても、命は取らないんじゃないかな?」
「物騒ね」
お兄さまは困った顔で笑う。
「オレたちの父親が邪魔で、引きずり出して排除したいと思っている。
その子供がいたら、子供にまず尋ねる。そして言わなければ、見せしめに命を取るかもしれないね。オレたちは双子だから、ひとりいなくなってももうひとりいる。もし父親が生きているとしたら、最高の餌じゃないか? ひとりはもういないんだ。本気だって伝わる。出てこないならもう一人も消すぞ、と」
「うわーーーー」
ドンびくけど、悪いやつなら考えるかもしれない。
「それならやっぱり安全なところに行った方が」
「引きずり出したい」
「え?」
「危険なのはわかっている。けれど、このままあいつらが罰を受けない方が嫌だ」
ああ、ロビンお兄さまと双子なんだものね。ロビンお兄さまが過激っていうかヤンチャだなと思うことがある。それに対して諌めるようなことを言ったり行動するのがアランお兄さま。動と静。二つに別れた双子なんだと思ってた。
でも魂の熱さはきっと同じ。




