第887話 忍び寄る悪意⑩心当たり
ロビンお兄さまが心配なので、家族と魔導騎士クラブの控室に行くことにした。アランお兄さまはクラスの当番とのことで、控室にいく前に別れる。
「お兄さま!」
お兄さまは爽やかな笑顔。みんな揃ってどうした?って感じだ。
「ロビン、怪我はない?」
お母さまがお兄さまの手をとる。
「これくらい大丈夫」
お兄さまはニッと笑う。
「無事でよかったが、心当たりは?」
お父さまの問いかけに、ロビンお兄さまは微妙な顔をする。
「アランは?」
それには答えず、さっきまで一緒だったよな?と確かめられる。
クラスの当番で別れたといえば、表情が固くなった。
「父さま、ちょっといい? みんなは座っててくれる?」
と少し離れたところで、お父さまと話し出した。
演武は文句なくカッコ良かった。侵入者がいらなすぎたけど、逃げていったら、そこから続けようとしたロビンお兄さまが、さらにカッコ良かったという話をした。クラブには5年生もいるだろう。5年生にとっては最後のクラブ活動の見せ場だ。それを侵入者により、中途半端なところで演武をやめてたら、悔やんでも悔やみきれない。
でもアクシデントを乗り越えて、みんな最高の演武だった。ほんと素晴らしかったと思う。
お父さまは、ロビンお兄さまと学園に話すことがあるからと踵を返した。
急いでいるみたい。言葉はそれだけで、説明はなしだ。
残されたわたしたちは顔を見合わせる。
お母さまが、では見たいところ、行きたいところに行きましょうとわたしたちを促す。喉が渇いたのでカフェみたいのに行きたいねと話が流れた。
わたしはクラスの当番の時間まで、お母さま、エリンちゃん、ノエルくん、そしてアダムと一緒に生徒会のカフェに、その道すがら見られる各クラスの出し物を見て回ることにした。
カフェではエリーがウエイトレスをしていたので、お母さまに紹介することができた。王都の家に何度も、エリーは来てくれたことがあるみたいだ。お母さまは領地にいることになっているので、会うのは初めてだとか。下の双子も紹介する。家族っぽい気がして、なんか嬉しい。
わたしはクラスの当番に向かうため、そこで別れた。ちょっと早めだったけど、浴衣にも着替えないとだし。
それにしてもあんなことがあったのに、何事もなかったように学園祭が続行されていることに驚きだ。昨日のも侵入者といえば侵入者だったけど、声をかけられただけだ。ロビンお兄さまは剣で攻撃。誰が何をするつもりだったのか。
お父さまやお兄さまは何か思うことがあるみたい。後で聞きたい。教えてもらえなかったので消化不良だ。
「アダム、どうかした?」
口数が少ない。
「ん? 狙いが外れたのかと思ってね。いいことなのか、よくないのか……」
アダムは腕を組み、ため息を落とす。
「何言ってるか、さっぱりわからないんだけど」
この上アダムにまでわからないことを言われると、消化不良どころじゃなくてお腹を壊しそう。
わたしはわからないと言ったのに、アダムは笑顔になる。
「リディア嬢。姿が見えなくても、僕は近くにいるから心配ないよ」
耳にこそっと呟く。
え?
「お遣いさま」
もふもふに視線を移し、ペコっとする。
「気になることがあるから、ちょっと外すよ。その後、教室に向かうから」
「? わかった」
アダムに手を振る。
どういうことだろう。近くにいる。でも教室で合流すると言って離れて行った。
誰かにわたしと離れたとみせるため?
「もふもふ」
不安になって手を出すと、もふもふが胸に飛び込んできた。
あったかい白いもふもふを、ぎゅっとして匂いを嗅ぐ。
おひさまの匂いだ。あったかい日向の匂い。外に干して乾いた洗濯物の匂い。
ここは学園。わたしの魔力が馴染んでいる。人だっていっぱいいるし。もふもふがいる。ガーシたちだって近くで守ってくれてる。
歩き出す。
廊下は左側通行だ。人の流れもそうなっている。
なんとなく前の人たちが端に寄ってる。っていうか、向こうからくる何かを軽く避けている感じ。
その避けられている何かが見えた。4年B組のならずものだ。ロビンお兄さまに対処してもらった人たち。
わたしの前で、お兄さまに飛び蹴りされた人だけが止まった。他のつるんでた人たちはそのまま歩いていく。
「昨日は悪かったな」
極まり悪げに言って、もふもふを抱えるわたしの手に何かを押し付ける。
え?
耳飾り?
「アランのだ。ひとりで来てくれ」
声を小さくして、すがるようにわたしを見る。
ガーシとシモーネが、わたしの後ろに立ったのを感じる。
「謝りたかったんだ。許してくれるなら、少しでいい一緒に歩いてくれないか。仲直りしたとみんなにわかるように」
これ、脅迫だよね? アランお兄さまを預かっている。ひとりでついて来いっていう。
アランお兄さまは頭脳派だけど、ちゃんと強い。ダンジョンに行った時、魔物を難なく倒していた。そのアランお兄さまが捕まっているのに、わたしひとりでどうにかできるもの?
近くにいる……アダムの言葉が蘇る。
『我がいる。恐るな。それに学園内でお前は誰より強くなれる』
もふもふが尻尾をわたしの腕に沿わせてくる。
大丈夫だ。みんないる。わたしはひとりじゃない。
わたしはガーシたちに向き直る。
「少しだけ一緒に歩く」
ガーシとシモーネは、4年生にチラッと目を走らせてから、手を胸にやって首を垂れた。
「何が目的?」
わたしは進行方向を見ながら、隣を歩く4年生に尋ねた。




