第885話 忍び寄る悪意⑧前ガゴチ将軍
学園祭2日目だ。
今日も今日とて忙しい。
最初はクレープ屋で2時間。次に創作同好会の店番で、午後いちにロビンお兄さまの勇姿を見に行って、ちょっと空き時間があり、続いてクラスの当番だ。
出席をとるホームルームが終わったら、急いで移動だ。浴衣にはクラス当番のときに着替えればいいから、そこは楽ちんだ。
クレープ屋当番のメラン、ライラ、それからもふもふと一緒に校舎から出る。
ホームルームで簡単に昨日の侵入者の報告があり、その仲間は捕まえたけれど、用心のため、誰かと一緒に行動するように話があった。
昨日捕まった人はわたしに声をかけてきたので、バッカス絡みとか、わたし狙いなのかと思って、そうだったら嫌だなと思っていた。けれど、アベックス寮を狙ったということは、学園の生徒なら誰でもよかったんだろう。
そこはちょっとほっとした。
朝っぱらからクレープというのは重たいのではないかと思ったけど、それは杞憂で午前中なのによく売れる。
昨日気に入った人がまた買ってくれたりもして、待つ人の列が途切れることはなかった。
今日は裏方に回って、ひたすらクレープを包む係となる。
サルサソースが大人気だ。
昨日とは別の意味で足が痛くなり、当番の2時間を終えた。
どんだけクレープを作ったろう。
生地はできたところからだったけどさ。
帰り際、浴衣姿の男子たちが、クレープを食べにきてくれた。
その中にはアダムもいて、サルサ・ソーセージ×2を食べていた。
大きく口を開けているのに、食べ方が上品だ。
わたしが創作同好会へ向かうとついてくる。
わたしはこっそり、護衛がいるから大丈夫だよと伝えた。
今日も付かず離れずのところでガーシとシモーネがついていてくれる。シモーネは学園の卒業生で、3年生より上には覚えている子もいて、時々声がかかっている。
アダムは「僕のことは気にしないで」と言ってついてきた。
いや、気になるよ。
なんだかんだおしゃべりをしながら歩くと、部室にはすぐについた。
やはり顧問の先生がちゃんといる。
エッジ先輩と交代だ。
ほとんど売れていて、今日足したお菓子も完売。絵が1点と、木工細工の小物が5点残っているだけだ。全部売れたら、完売の札を下げて店番は終わりにしていいと引き継ぐ。
しばらくして、ふたりのお客さまが入ってきた。
体格がいいと思ったけど一人は年配の方だ。姿勢がいいから余計に大きく感じた。
そういえば今日はそういう人が多かった気がする。ま、143センチのわたしはかなりチビでいつも見上げているんだけどさ。
頭には薄くなった白髪。動作はゆっくりめに見えたけど、若いころ鍛えていたのかもしれない。もふもふが緊張した。
お父さまぐらいの年のお付きの人も鍛えた体だ。
物を作り出すのが好きな人が集まったこじんまりした空間。部室はそんな色を残している。そんな中で周りを見渡す目に隙がないふたり組。そしてそれを隠そうともしていない。ひどく場違いな気がした。
おじいさんは商品を置いたテーブルを見て、
「こちらを全部いただけるかな?」
と言った。優しい口調なのに、やっぱり目は鋭い。
「あ、はい。ありがとうございます」
絵はえっと。額についている値段は5000ギル。木工細工は500ギル×5で2500ギルだ。金額を確認する。
「絵画は5000ギル、1つ500ギルの木工細工5点で2500ギル。合わせて7500ギルになります」
告げると、若い方の人が金貨を差し出してきた。
「1万ギルいただきましたので、2500ギルのお返しになります」
銀貨2枚と、銅貨を5枚。お釣りを渡してから、商品を紙で簡単に包む。
無口な顧問のモナシ・ルーダ先生が手伝ってくれた。手を出されたので、お付きの方にお渡しする。
「今日は読み聞かせはしないのかね?」
「あ、はい。今日は時間をとっておりません」
そう告げると、年配の方はシワを深くして笑う。
「それは残念だ。孫から君の読み聞かせの話を聞いてね、ぜひ聞きたいと思っていたのだが、昨日は都合がつかなくて」
わたしの読み聞かせを聞きにきてくださったなんて。
ちょっぴり感動。
わたしがなんて返そうと思っていると、隣のアダムが言う。
「ご縁がなかったようですね」
わたしはびっくりしてアダムを見上げた。
年配の人は怒りだしはしなかった。
豪快に笑う。
「ご縁がないとは確かにな。小童にしては肝が座っておる」
この人、アダムより背が高い。だからチロリと視線を落としたって感じに見えた。
「リー」
そこにロビンお兄さまが入ってきた。
お客さんを認めて、まずいという顔になる。
年配の人が目を見開いていた。ロビンお兄さまを見て。
明らかにおかしな様子に、やりとりを見守っていた顧問の先生ものっそりと進み出た。
「き、君。君の名は?」
年配の人は、ロビンお兄さまに名を尋ねる。
「……ロビン・シュタインです」
「シュタイン家のご子息か。ああ、なるほど、そういうことか」
「失礼ですけど、どちらさまですか?」
ロビンお兄さまが逆に尋ねた。
「ああ、失礼。先に名乗らずに。ワシはヒダカ・キャンベル・ガゴチ」
ガゴチってことは……銀髪の言ってた、おじいさん?
「小童、名前は?」
ガゴチのおじいさんはアダムにも名前を聞いた。
「ゴーシュ・エンター」
「なるほど。お嬢ちゃんはワシがくることを知っておったのか?」
え?
「他の商品のご予約がありましたか?」
予約とか、商品受け渡しとかなかったよね?
と伝票をあさると、おじいさんにとめられる。
「予約はしておらんよ。お嬢ちゃんは知らされてなかったってことか」
ん? 何を言ってるの?
「何か不手際がありましたでしょうか?」
顧問の先生が問いかける。
チロリと先生に目をやるおじいさん。
「いいや、気が削がれた。けれど、いいものをみつけた。是が非にでも手に入れたいものだ」
そうカッカッカと笑いながら出て行った。
な、なんなんだろう、ガインのおじいさん。
ロビンお兄さまの顔色が悪い。
「ロビンお兄さま、どうされました? 顔色が」
「リー、いや、なんでもない。演武見てくれるんだろ? 特等席を教えておこうと思ってきたんだ」
「すべて売れましたから、ここは閉めましょう」
先生に言われて頷く。
部室には完売の札をたて、特等席を教えてもらうために中庭へと繰り出した。




