第88話 見送り
明日、おじいさまとシヴァは辺境に帰る。淋しいけれど、辺境伯であるおじいさまがこれだけ長い間、砦を空けていたことの方が驚くべきことだもんね。
夕飯作りはわたしも手伝った。マカロニっぽいのを作って、グラタンを作った。ロールキャベツに、シヴァの好きな唐揚げもどき。
おじいさまは純和食だ。煮魚にカボッチャの煮っ転がしに、お浸しとお味噌汁。
残さず食べてくれたし、おいしいと言ってくれた。
ピドリナさんが焼いてくれたパウンドケーキでみんなでお茶にした。
おじいさまはパウンドケーキを一切れ満足げに食べて、お茶をこくんと飲んでから言った。
「リディアのギフトのことを考えたが、今はまだ支援系と濁しておくのがいいように思う。鑑定にしても、〝ドロップ〟にしても、もし誰かに知られてしまったらと思うと恐ろしくなる。それにもっと驚くような力があるように思えてな、それを隠すことになったときに、ギフトと逃げられるよう今は曖昧にしておくのがいいと思うのだ」
「俺もそう思います。それと、お嬢、お嬢は何かの加護を持っているんですか?」
加護? うーうんとわたしは首を横に振る。
「そうですか。庭の状態も普通ではありません。この地に加護があるのか、誰かに加護があるのか……」
「それなんだが……」
父さまが口を挟んだ。
「実はこの家の前の主人は〝魔使い〟だったそうだ」
「〝魔法士〟でなくてか?」
「魔使いって何?」
「魔法士って何?」
アラ兄とロビ兄が続けて尋ねる。
「魔法士とは、魔力が多かったり高度な魔法が使え、それを職業にしていることを指す。魔力が多いと国を守る仕事につくことになり、ほぼ強制的に国に召抱えられる。報酬もいいから花形でみんなの憧れる職業だ。
魔使いとは、今はテイマーと呼ばれる魔物使いのことを昔はそう呼んでいたんだ。今の呼び方に変えたのは、とても魔力が多く、強い魔物でさえ使役できる魔使いが、……魔のある人も使役できると公表したからだ」
「え?」
兄さまが呟く。
父さまは兄さまが言葉を続けなくても言いたいことはわかったのだろう、頷く。
「そうだ。もしそれが事実なら、魔使いは、魔を持つ人族にとっても脅威になる。だからその論文は抹消され、語り継ぐことも禁止された。まぁこうやって伝えられていくけどな。魔使いは残らず魔力量を調べられ、多いものは魔を封印するか死ぬかどちらかを選択させられたときく。それからは魔物を使役できるものをテイマーと呼ぶようにした。テイマーは毎年魔力量を測るよう義務付けられ、魔力量が多いと魔を封印される。枠から外れないよう、テイマーにはテイムのやり方通りにやることが義務付けられ、もし違反者をみつけたら国に報告することも義務付けられている。互いに監視するように」
ほえーーーー、なんとなく怖い話だ。
「この家は魔使いが棲み良いように魔法で何かしらしたんじゃないかと……最近思うようになった」
「最近、か?」
おじいさまが首を傾げた。
「ええ。草が青々としているのはそんなにおかしいと思わなかったのですが。……気のせいではないと思うんです。庭が広がっている」
「庭が?」
父さまはシヴァに頷く。
「アルノルトたちの家を建てた時に、ここまで奥行きが広かっただろうか?と思ったんだ。風呂は敷地ギリギリに作ったと思ったが、いつの間にか、人が通れるぐらいに柵までの距離ができていた」
何、そのホラーテイストな話は?
「気のせいじゃなかったのか」
兄さまが呟く。そして続けた。
「家が、広くなってるよね?」
えーーーーーーーー?
「そういえば、廊下で手を広げても壁に手が当たらなくなった」
ロビ兄、そんなことしてたの、廊下で。
「それじゃあ、あれも気のせいではないのね」
母さままで。みんなで母さまを見守る。
「家中がきれいになっていると思わない?」
それには父さまが微笑む。
「それはレギーナとピドリナが掃除をしてくれるからだ」
「いいえ。掃除の範疇ではないわ。傷跡も直っているし……」
もふさまを抱きしめる手に力が入る。
「実験してみましょう」
アルノルトさんが言った。
え?
アルノルトさんはサッと胸に手をやったかと思うと、取り出したのは短剣。な、なんで執事さんが胸の内ポケットに短剣を?
鞘から抜いて壁に剣を突き立て、ギギギっと傷をつけた。
なんて大胆な! 直らない可能性を考えていない潔さだ。
と、冷凍庫から出てくるような白い煙が出てきたと思ったら、ナイフの傷跡は見事になくなった。
「自動修復の魔法がかかっているようですね」
アルノルトさんが平然と言った。
「でも、前にドアを壊したときは直らなかったよ」
そうだね、修理してもらった。
「そう。だから、最近なんだ」
みんな考え込んだのか、一瞬静かになる。
もふさまを強く抱きしめてしまったみたいで、手をペロリと舐められた。
ごめん、とすぐにゆるめる。
「広くなるのは修復ではないだろう、なんだ?」
「聞いたことありませんね。私は畑や果実の実り、草が青々としていることの方が気になります」
アルノルトさんが首を傾げる。
「おじいさま」
父さまがおずおずとおじいさまを呼ぶ。
「鑑定してみたが、何もわからなかった」
そっか、おじいさま鑑定してくれてたんだ。
「この家にはその他にも魔法がかかっているだろう。何かみつけた時は、必ず報告すること。秘密にして自分たちだけで調べたりしないこと。特にリディーと主人さま、ふたりでなら大丈夫と過信しないようにお願いしますね」
もふさまは舌打ちした。
わたしはそんなことに首を突っ込まないよ。謎解きとか嫌いじゃないけど、ホラーテイストは怖いからやだよ。
『リディアの魔力はダダ漏れだから、それを糧にしているのかもしれないな、家の魔法は』
え? わたしの魔力が糧って、なんかすっごく嫌なんですけど。
秋晴れの空だ。
「おじいさま」
みんなで次々とハグをして、シヴァにもハグする。
これでずっと会えないわけでなくても、お別れは哀しい。淋しい。
「主人さま、辺境の近くにもいくつかダンジョンがあります。辺境の魔物も強いのもおりますし、そのうちひ孫たちと遊びに来てください」
もふさまの目が輝いた。
『リディア、必ず行くと伝えろ』
「おじいさま、もふさま、必ず行くって」
おじいさまはにっこり微笑んで、胸に手をあてもふさまに頭を下げた。
アルノルトさんとピドリナさんに頼むと声をかける。
「シヴァ、いっぱい、ありがと。またね」
シヴァがギュッとしてくれた。
わたしの耳にこそっと言った。
「魔法を2つ以上同時に発動させてはいけません。それができるのは王宮魔法士ぐらいです」
え? 2つ以上同時に魔法?
あ、ダンジョンで果物をいただいたときだ。布を浮かせて、風で木を揺すった。ひとつの属性だし、何も言われなかったから、問題ないと思ったけど。問題ありだったか。
シヴァはわたしから体を離し、声を普通に、諭すように言った。
「聖獣と話せることも家族以外に知られてはいけません。お嬢はいろいろな可能性を秘めています。可能性に気づいたら、お嬢を利用しようと何をされるかわかりません。自分を守るために、力はできるだけ隠すんですよ」
寡黙なシヴァが長く、力説するって、本当に心配をかけているんだとそう思えた。
わたしはシヴァのお日さま色の瞳を見て、大きく頷く。
お馬さんたちに砂糖をあげて、道中気をつけてとおじいさまとシヴァのことをお願いした。
馬に乗り、一度振り返って手を振り、そして姿が小さくなり……見えなくなった。
道中の無事を祈りながら、わたしたちは日常へと戻っていった。




