第879話 忍び寄る悪意②浴衣
午前中はクラスのお祭り屋台の当番だ。13時からはクラブの店番で、読み聞かせ込みで14時半まで。15時から寮のクレープの当番だ。家族とは16時から回ることになっている。それぞれ当番をやっている時にも、その場所に来てくれるそうで楽しみだ。
お兄様たちの出し物を見に行きたいし、他にわたしも見てまわりたい。
男子の着付けはローリンにお任せだ。D組は商人の子供が多く、だからか物覚えがいい。服など扱っていると異国の民族衣装などを見たことがあるせいか、馴染むのも早かった。女子の帯の結び方もマスターしたぐらいだ。
女子は着付けもだけど、髪を結ったりするので時間がかかる。わたしみたいに短い子はいないしね。でもいいんだ。髪飾りつけてるから。
帯を結んだのを後ろへと回し、それを直しあって、足には下駄。着付けセットとなって売られていて至れり尽くせりで助かった。ふふふ、みんな可愛い。
わたしは紺地に七色の紫陽花の浴衣。
みんなで見あって、可愛いと言い合う。これが地味に大事なのよ。
会場に入っていくと、男子たちが揃っていた。いつもと違う。新鮮。
っていうか、下駄歩きは大変だな、やっぱり。
みんな難なく歩いているけどさ。
大人っぽく、色気ありのウォレスとラエリンに視線が集まっている。
チャイムが鳴った。
一般の人たちに門が開けられた合図でもある。
レニータが大きな声を出す。
「お客さまに楽しんでもらって、私たちも楽しみましょう。2度とない〝今〟をかみしめて!」
2度とない今を噛みしめながら楽しむ、それが今回のスローガンだそうだ。
なかなか素敵。
学園祭シーズン、宿はどこもパンパン。それで王都のシュタイン家の家と、フォンタナ家が保護者のお泊まりを受け入れている。それでずいぶんD組の親ごさんも学園祭に来られるようになったそうだ。本年度は3回目なので、門まで迎えに行かなくていいそうだ。っていうか、逆にわたしの方が迷わずにいられるか危なっかしいって。むむっ。
その代わりと、もうひとりの学園祭委員のスコットに言われる。
「女子、これ持って、ちょっと歩いて来て」
プラカードだね。3年D組 お祭り屋台。そして食べ物や遊び道具のイラストが描かれている。
いつの間に作っていたんだ?
わたしは足が痛くなるから嫌だったんだけど、ウォレスと、ラエリンと一緒に外に出された。
えーーーー、大人っぽいふたりと一緒だと、余計にわたしのチビさが目立つんですけど。同い年なのに、お姉ちゃんと妹感が! アダムも追い出されていた。アダムは紺地に変わり縞が入っている浴衣だ。スラーっとした背の高いアダムが着ると余計にかっこよかった。
ちなみにウォレスは白地に朝顔。ラエリンは青地に花火のような柄。
わたしたちは気を取り直して、プラカードを掲げつつ、声を張り上げる。
「3年D組、お祭り屋台やってまーす。綿菓子、焼きそば、たこ焼き、射撃、輪投げ、楽しくおいしいお祭り屋台にぜひ!」
男子生徒は色っぽいウォレスとラエリンに。女生徒はアダムを見上げてポーッとしている。
さらにみんなが微笑めば絶対行きます!とか、すぐ戻られますか?とか聞いてくる。大人気じゃん、3人が。
「シュ、シュタイン令嬢!」
おお? わたし指名?
紺色の髪のおとなしそうな男の子。
わたしよりちょっと背が高い。
「ぼ、僕と、学園祭一緒にまわってくれませんか?」
右手をズサっと出して、その体勢で止まる。ねるとんかい!?
と心の中で突っ込んだあと、自分にまた突っ込む。
ねるとん、何?
「君、2年A組、コールデン侯の御子息だね。女性に申し込むときは、先に名乗らないと」
アダムの発言にハッとしたように顔を上げ、わたしと目が合うと顔を赤くする。
顔が真っ赤だ!
ひょっとして、好かれてる? 可愛いじゃないか!
けれど。
「ごめんなさい。当番で予定がぎっしりなの」
そう告げると、その黒っぽい瞳がうるっとする。
相当な勇気を出してくれたっぽいのに、悪いなと思う。
「姉さまーーーーー」
廊下の向こうから、わたしに視線を合わせると、わたししか目に入らないとでもいうように脇目も振らず走ってくる。
「姉さま、可愛いーーーーーーーーーっ」
ギュッと抱きしめられる。
「エリンちゃん、来てくれたのね」
「姉さま、僕もいるよ。姉さま、すっごく可愛い!」
脇を持ってぐるぐる回される。
「ちょっ、ノエルくん、目回る」
もふもふが吠えると、ノエル君が慌てておろしてくれた。
うへ〜世界が回る。
「エリン、ノエル」
お父さまの声と思って見上げれば、隣にお母さまも微笑んでいる。
「リディー、それが〝制服〟か。とても可愛いよ」
「本当ね、とてもよく似合っているわ」
「ありがとう、お父さま、お母さま」
アダムはわたしの家族と挨拶をする。
ラエリンたちも、丁寧に頭を下げていた。
お父さまたちが来たっていうことはと少し後ろを気にすれば、ラフな貴族の格好をして周りに溶け込んでいるガーシとシモーネを見つけた。
今日は一般人も入ってこられる。アダムやもふもふ、ぬいたちがわたしを気にしてくれてるけど、ガーシたちに護衛をお願いするとお父さまが言ってた。
わたしはふたりに片手をひらひらと振る。
ふたりはコクンと頭を振った。
フランツは学園祭には来ないそうだ。フランツも2年前まで通っていたそうだけど、家のことや年齢を誤魔化していたこともあり、通うのを辞めたそうだ。
家の騒動で慌ただしく、そして継いでからはその責務を果たすための勉強でいっぱいいっぱいで、学園や学友たちにまで気がまわらなかったそうだ。フォローすることもなく辞めたので、顔を出しにくいと残念そうな表情だった。わたしの護衛はガーシたちがいるので、任せたと。
……フランツは、やっぱり謎だ。
その場で家族とは一旦別れた。アランお兄さまとロビンお兄さまのクラスの出し物を見にいくとのことだ。わたしたちは呼び込みのためにもう少し歩き回らないとだしね。
後でクラスの方に来てねと言ってバイバイをした。
浴衣は注目を集めている。着てるモデルがいいからかな?
ふふーん。




