第873話 アクション⑩神話同好会<後編>
百年以上前から代々、禁忌の神話について並ならぬ興味を持っていることはわかる。けれど、好奇心を満たすためだけに知りたいとしても、だからといって全て手に入るわけでないことを知りなさいと書かれていたそうだ。
そして、禁忌の神話は実在します。けれどそれが人に語られることはありません。なぜなら、人が知るべきではないことと先人たちが決め、それを引き継ぐものたちが、思いを引き継ぐべきだと答えを出してきたからです。
と理由が書き連ねてあった。
そして最後に、〝それでも私たちは皆、神の子であるのですから〟と結ばれていた。その最後の言葉に全てが集約されていると、同好会は結論を出した。
神殿から、表立って伝えることはできないが、こうして教えてくれたのだと。
部員たちがそう受け取ったと同時に、廃部も免れた。きっと神殿が伝えれらる答えを出し、同好会がそれを受けめたと学園側に認められたのだと思う、と活動記録には残されていた。つまり今後この点において無茶することはないだろうと。
わたしはそっとアダムを見上げる。
アダムは視線を受けて頷く。
「神殿側が〝公けにはできないことだ〟と、ありふれた言葉に隠すようにして教えてくれたんですね」
部長は静かに肯いた。
その神話を禁忌としたのは〝人〟だったんだ。
神話について詳しいことをと思ったら、最初はやはり神殿を思い浮かべる。
わたしたちもルシオにまず尋ねた。ルシオは言った。
神殿内にもいくつもの決まり事があり、神官である自分はその範囲内でしか話すことができないと。
話せることは、神の教えとありふれている神話。それから神官の表立った役割などの〝表〟から見えること。
たとえばルシオの第三の位の、位置づけね。
下から見習い、第五、第四、第三。ルシオがここ。一般的には第三までしかあがらないので、学生の時に第三まで行き着いたルシオは優秀だそうだ。ちなみに第三の位になると、所属している地区以外の教会や神殿でも発言力や決定権を持てるそうだ。
第三の上は第二、第一、神官長、大神官、司祭、司祭長、大司祭。上に行くほどその数は減り、大司祭は常にひとり。
神話というのは、口伝や模倣などを司る神や神獣が、地上の神域にて人族に説いたこととは教えてもらった。
でもそれ以上のことは、神官を目指すもの以外には教えられないのだと。
神話というのが人が神に思いを馳せ、考えた物語ではなく、神から聞いた事実だと言われてほんと驚いた。
その時に、それなら禁忌の神話が成り立つ意味がわからないと思った。
だって神が広めるなと禁忌としたなら、おかしくない?
最初から言わなきゃいいんだから。それともうっかり言っちゃって口止め? 線としてはそれがありそうだったけど。
でもそれが細く長く続いた神話同好会先輩方の捨て身アタックによりもたらされた情報で、確かなものになる。その〝事実〟を禁忌としたのは人族の判断だ。そしてその理由は結局〝神の子である〟から。
そこにはいくつもの思いが集約されている。
禁忌の神話は事実、本当にあったこと。恐らく聞いたら、人族が〝神〟がそれをしたの?と愕然とするようなこと。神を無条件に信じてきたら、傷になるようなこと。
わたしの知識にあったあれが禁忌なんじゃないかな。
当てはまるもの。
知った神殿の人たちはそれを禁忌とした。
神殿は神を信仰し、神の声を人々に伝え、教え導いている。
人が禁忌としたなら、それが損なわれるからだと思っていた。酷い神のあり方を知ったら、反発する人が出てくるから、とか。そんな神を祀る必要があるのかと言われるとか。それから逃れるために、自分たちの保身のためのような気がしていた。
神の保身か、神殿の保身かぐらいに。でも違った。
それでも神の子だと、その言葉に思いを馳せる。
たとえどんな神がいようと、神が何をしたとしても。
最初に世界を創り出したのが神であり、世界を愛して創ったのだ。愛し、守ろうとしていることは、それはいつまで時が過ぎても変わることのない、それも事実。この世界に落とされたわたしたちは、そんな神に見守られ、愛され、存在する命。それは何がどうしようと、変わらないことだから。
事実である神の子であることを受け入れられるように、そうして心穏やかにいられるように。神さまが護っている世界に存在んだと平穏に生きられるよう、そう取り決めたんだ。
知らせないのは、知らずにいればこれからを生きる人たちが、穏やかに生きやすいと信じたから。
神の子である思いから外れたら、それがきっと不幸だから。
そこまで行き着くと、部長さんのさっきの言葉に重みが出てくる。
ーーどんなことがあったのだとしても、何があったとしても、時には間違えることがあったとしても、世界を守ることに意義のある方々。
そんな方たちに見守ってもらった世界だったのだと安心したいんだと思います。
神さまがそういう存在だと思えることがきっと魂の幸せなんだ。救いなんだ。それが信仰か……。
信仰がそこまでないとしても、この世界に存在する限り、世界から受け入れられているのだと、世界を作った神に愛されたから存在するのだと、魂は信じたがる。
そこまで思って気づく。さっきのショックの意味。
わたし、今、神さまを信じられてないんだ。
ノックがある。
顔を覗かせたのは目の細い先生だった。
顧問の先生だという。すごい、似た感じの人たちの集まりだ。
先生は古代語の先生で、一年生の時、〝古代詩〟でわたしも習っていたそうだ。
全然覚えてないけど。
なんで古代語の先生が神話同好会の顧問に?って思ったけど。
そっか。突き詰めれば、一番古い古代詩は神話になるのか。
納得!
神話同好会は、少人数ながらしっかりした活動をしていた。ロペスくんをはじめ真面目だし。こんな真面目でいい人なのに、なんで夏休みの宿題を出さなかったんだろう? 不思議に思って聞いてみると、算術が苦手で計算問題の半分まではなんとかやったけれど、後半は本当に意味不明だったそうだ。それで後半はほぼ白紙の状態。それで算術の補習となったそうだ。
ああ、そういう理由だったのか。こっちも納得。




