第871話 アクション⑧神話同好会<前編>
遊びに行くので、ウチのお菓子を少しお土産に。
神話同好会は3人。ロペスくんは副部長。
部長は5年A組のアリオナ・メネンデス。侯爵家嫡男。
それから2年B組のミラグロス・ラストラ。伯爵家三男。
三様に髪の色も瞳の色もバラバラだけど、糸目でいつも〝のペー〟って微笑んでいるような穏やかなところがそっくりだ。なんか観音さまって言いたくなる。
観音さまってなんだっけ?
「狭いところですが、ようこそ」
と手放しに喜んでくれた。
あまり広くない部室をさらに狭めているのは、本棚が壁一面にあるからだろう。
本の量が半端ない。
挨拶をし、お持たせをお渡しし、わたしたちは本棚をなんとなく目で追った。
「これ全て、神話に関係のある本なんですか?」
と尋ねるとそうだという。同好会以上の人数になることは決してなかったけれど、細く長く続いてきた神話同好会。みんなが持ち寄った本だけでこんなに増えていったそうだ。
わたしは何がきっかけで神話が好きになったのかを尋ねた。
ロペスくんは小さい頃、日曜学校みたいのに通っていたそうだ。
休息日に教会で教えを説くやつにね。そこのシスターが美しく優しい人で、そこに惹かれて行っていたそうだ。そのうち、毎回話してくれる〝神話〟が面白くて興味を持ち、自分でも神話を読むようになったという。
一番好きな神話は暁の女神のお話。街の子供たちもお気に入りで、今日はなんのお話を話そうかなとシスターが迷う時には、この話のリクエストが入ったという。
子供たちのお気に入りの神話か。どんなの?と尋ねる。
ロペスくんが教えてくれた。
いつも泣いている女神さまがいた。
世が明けたと泣いて、誰かが笑ったと泣く。あまりに泣いてばかりなので、それを見かねたある神さまが、なぜいつも悲しんでいるんだと質問した。女神は答える。自分はいつか封印されてしまうから、何を見てもいずれこれが見られなくなると思って悲しいんだと告げる。未来を視る力のある女神さまだったのだ。それなら封印される未来の原因を探り取り除けばいいではないかと助言をもらう。
でも女神さまの嘆きは止まらない。自分が何かをしたりしないことで免れられるならいくらでも何かをするけれど、これは相手があってのこと。自分がどんなに旦那神を愛しても、あの人は他の女神にちょっかいを出す。それがやがて取り返しのつかない罪になるとしても。
命運を司るオルポリデ神は、女神を哀れんで未来が視えるのは薄暗い明け方だけとした。赤い瞳の女神は薄暗い時間では、未来が視えることがなくなった。けれど、今度は未来が視えないと泣いて、赤い目がもっと赤くなった。赤い目の未来視ができなくなった女神は、まだ暗い明け方を司る暁の女神になった……という話。
瞳の色や薄暗いことで見えない? ……未来視って視力や視界に左右されるものなの? ……関係あることなの? え、おかしくない? 薄暗い時間だと未来視は見えないって意味がわからないけれど、神話系ってそういうところがある。わかりはしないけど、人にあらざるもののことだからわたしたちとは違うのかな?と変な説得力があったりする。
でも……不思議に思って尋ねる。
子供たちはこの話のどこに惹かれたのかと。
ロペスくんもお気に入りだっていうし。
わたしにはいいところがわからない。
するとロペスくんは笑った。
最初の泣くというところで、シスターが尋ねるそうだ。女神さまはなぜ泣いていらっしゃるのでしょう?って。すると当てられた子が「朝ごはんのミルクが半分だったから」「母ちゃんが風邪ひいたから」など泣いたわけを言い合うディスカッションをした。そのトークを楽しんでいたようだ。
なるほど、それが楽しかったのね。
「暁の女神さまは、結局のところ封印されたのですか?」
とアダムが問いかける。
「いろいろ説があるんだけどね」
と答えてくれたのは、のっぽの部長さんだ。
神話にはそりゃもう数えきれないほどのいろんな神々がいらしゃる。
同好会ではその数ある神話を年表っていうか、わかる範囲で時の流れに沿って神話をナンバリングしている。地上に大きな山を作られた話があり、物語にその山が出てきたら、こちらが後というふうにね。
そうやって並べていくと、ある時を境に女神さまはひと柱もいらっしゃらなくなるんだって。
あれ、魔物を作った神さまは女神さまのはずだけど。
それに聖女に力を授けるのも女神さまじゃなかった?
その一般的な女神さまに関することをアダムが尋ねれば、部員たちはその通りと肯いた。
「禁忌の神話があるのは聞いたことがあるでしょう?」
「知ってるんですか?」
とわたしたちは身を乗り出す。
3人は引いている。
「いや、それは知らないんだけど。少しだけ想像できることがあります」
想像できること?
「人々にとってよくないことを、神さまがするんだと思います。その時を境に、その女神さまひと柱を残していなくなる」
「女神がいなくなる?」
「はい。封印されたのだと。名を剥奪されたったひと柱の女神となり、永遠の咎人となる、そんなことが起きたのが禁忌の神話と呼ばれるものだと推測しています」
それが細く長く続いてきた神話同好会の導き出した〝答え〟だと部長さんが教えてくれた。同好会でも神話の矛盾っていうか、おかしいなと思うところは、考え共有し伝えられてきた。その最たるものが禁忌の神話。
部長さんも同好会に入った目的は、禁忌の神話のことが何かわかるんじゃないかと思ってのことだそうだ。
彼には年上の従兄弟がいて神官の道を選んだ。本当は部長さんも神官に憧れていたそうだ。けれど嫡男なので、それが許されなかった。従兄弟から聞く神殿の話、神さまの話が大好きで、そのうち禁忌の神話の存在を知り、神話にのめり込んでいったという。
2年生のミラグロスくんも、近親に神官見習いがいる。入る時に一緒に神官にならないかと誘われたのだけれど、そこまでの情熱はなかったので見習いにはならなかった。けれどそれを機に神殿や神官のことを気にするようになり、神話を読み、やはり禁忌の神話に惹かれ、そのことが何かわかるかもと同好会に入ったそうだ。
神話の本はかなり集まっているけれど、どこにも禁忌の神話は見当たらなかった。
「死ぬまでに、禁忌の神話を知りたいものです」
と部長さんがまとめた。




