第869話 アクション⑥補習
それから、慌ただしく忙しい日が続いた。
学園祭の準備は、クラス、クラブ、寮のものとやることが盛り沢山。
アダムたちなんかは、そういった学園のことに加え、バッカスのことでも動いているんだからすごい。学園祭があるからって、授業が疎かになるわけではないから、そこも大変だ。ただどの授業も興味深かったので、面白い。
わたしはアダムとの約束を守りながらも、バッカスの組織潰しや魔石に関することなど、ヒントになりそうなことは貪欲に話を聞いた。
授業で一番辛いのはダンスだ。……わたしが覚えてないというと、先生はワルツのステップから教えますねと絶望的な顔になった。
わたし的には、覚えてないと言いつつ体がステップをなんとなく覚えてると思って感動したんだけど、技術的にはやっと水面下からの脱出を見せたのが、また深いところに潜り込んだと、ため息が深かった。これは向いてないみたいだ。
領地同様、学園にもわたしの魔力が馴染んでいる。
あんな、魔法は使えない、魔力はないって思って絶望していたのにね。
でも逆に考えると、こんな息をするように魔力を感じ、魔法を使えたのがマストだったのなら、魔力が封じられ魔法が使えなかったら、どれだけ不安になるかとも納得できた。
精霊はまだ目を覚さない。毎日光魔法はかけているんだけどね。
そのせいかはわからないんだけど、バスケットボールサイズだったのが、テニスボールサイズになり、野球のボールサイズになり、今はピンポン玉ぐらいの大きさだ。中のほんのり見える精霊の大きさは変わっていない。もふもふのリュックに入っている。
学園に慣れてきながらも、バッカスの方にわたしが参加できなかったのは……何より補習に時間を取られたからだ。
わたしは夏休みの宿題を3分の1しか提出できなかった。だって拐われてたんだもん。夏休みの初めに3分の1終わらせていたリディアが偉いというべきだ。
学園側も最初はそういうテイストだったんだけど、それに異を唱える奴らがいた。差別だと。宿題をしてこなかった者と同等に扱うべきだと。保護者から大バッシングがあったみたいだ。お父さまはわたしにというより、シュタイン家への難癖だから気に病む事はないと言ってくれた。
で、補習を受けることになった。
A組はいない。B組は2人。C組が5人。このC組の子のたちが悪い。D組はわたしのみ。
わたしを合わせて全員で8人。それぞれ一人ずつ女子。その中でも一番提出してない量が多いのはわたしなので、最下位だ。ゆえに先生のお手伝いとか、ノート集めとか、プリント配りはわたしの仕事で、C組の奴らがノートをなかなか出さないとか地味な嫌がらせをしてくる。C組の気の弱そうな男の子、イゴル・ロペスくんはロペス男爵の次男で、意地悪をするみんなにやめなよと健気に言ってくれて、わたしと一緒に嫌がらせを受けるようになってしまった。
B組のバーモンテス伯長男ハビエルとオラベリア伯三女ヌリアのふたりは我かんせずテイスト。お山の大将を気取ってるのが、カニャダ伯子息のセルヒオ。それに金魚のふんしてるのがふたり。モスケラ男爵・長男ホルディとケサダ一代貴族次男ハウメ。女生徒ロハス男爵長女・エスティは我かんせず。
毎回毎回C組にノートを取りに行かされる。
わたしが入っていくと教室内がシンとするから嫌なんだよな。
カニャダ伯子息はC組でもたちの悪い子の位置付けのようで、そのグループは御行儀悪く机や椅子の背に腰掛けて、大きな声で品のない話をしている。近くの席の子が迷惑そうだ。
「カニャダさま、モスケラさま、ハウメさま。ノートを提出してください」
目があったのに、無視して話をし続ける。
わたしは近くの机をドンと叩いた。
「カニャダさま、モスケラさま、ハウメさま。ノートをください」
と繰り返す。
「お前に渡すノートはねぇよ。犯罪組織に拐われた者に触られたらノートが汚れちまう」
めんどくさい!
〝アリの巣〟では暴力を振られるから、痛いし怖いし嫌だったけど、ここでは味方もいるし、お父さまから身を守るためなら、いくらでも魔法を使う許可をもらっている。学園内では大きな魔力を使うと、検知に引っかかって衛兵がくるんだって。大騒動になろうがなるまいが、そういうことにはお父さまはなんでも対処をするから、怪我のないようにしなさいと言ってくれた。
だからいざとなったら魔法を使うつもりだ。それに最初の一度はシールドで弾ける。
言葉の暴力は前ほど怖くない。味方がいるからだと思う。それにわたしが好きだなと思う人に、嫌なことを言われる以外は、別によくも悪くも響かない。だから今嫌なのは肉体的な痛い思いをする暴力だけだ。
ということで、わたしは冷静だった。
「それならなぜ先生がノート集めをわたしにと指定した時に、異議を唱えなかったんですか? そうすればわたしがこんな面倒なことをする必要がなかったのに。今の発言はそのまま先生にお伝えしますね。言ってないは通用しませんよ。これだけの人が聞いているんですから」
それにクラスに睨みを聞かせて発言してないとバックレようとしても、ネックレスで常に音を拾って録音してるけどね。お父さまからそうするように言われている。
わたしは踵を返し、ロベスくんとロハスさんのノートだけ抱えて教室を出ようとした。
追いかけてきたモスケラとケサダがドアを閉める。
「なに? ノートを提出する気になった?」
後ろからゆったりと来たカニャダが壁ドンしてきた。これは圧をかけたつもりだろうけど。
「お前、生意気なんだよ」
「もふもふ! 自分でできるから大丈夫よ、ありがとう」
何かしようとしていたもふもふを止める。リュックもちょっと動いてる。
「生意気だからなんだっていうの?」
わたしは挑発的に、わたしを囲んだ3人を見上げた。




