第868話 アクション⑤お祭りの正装
指先にキスって、なんかハグよりクルんだけどっ。
マジか。貴族令嬢ヤバすぎ。こんなのが当たり前なのか?
わたしがテンパっている間に、アダムは立ち上がっていた。
「記憶のないとこなんだけどさ、君、学園祭のこと大丈夫?」
「学園祭?」
聞き返せば、アダムは頷く。
強い風が吹いて、髪を押さえる動作まで美しい。
無駄にかっこいい。アダムが王子さまでって言われても信じるよ。
「君の案が通ってさ、D組でお祭り屋台やる予定だよ。みんなの制服も君が用意するって張り切ってたけど」
「お、覚えておりません」
「だよなー」
一瞬訪れる静けさ。
「……具体的には何を?」
「わたがし、たこ焼き、焼きそば、シャゲキ、輪投げ、だったかな?」
ああ、なんとなくわかる。
「制服って?」
「ユカタって言ってたかな?」
「ああ、浴衣ね」
「わかる?」
「浴衣、売ってるのかな? 作ったこと一回しかないんだけど」
言ってハッとする。わたしは浴衣を一回作ったことがあるようだ。前世で。
「生地とかどうするつもりだったんだろう? 自分の部屋、調べてみる」
そこはかとなく不安だ。
「もっと具体的なことは、レニータが学園祭のクラス代表だから聞いてみるといいよ」
「うん、わかった」
チャイムが鳴る。予鈴だ。
少し離れたところで、ゴロンとしていたもふもふが起き上がる。
連れ立って、アダムと教室に戻った。
寮に帰ると、荷物が届いていた。
ホリーさんの商会から。
中を開けてみると、お手紙が。
〝始まりの村〟ダンジョン産のユカタです。男性大人用1枚、男性子供用18枚、女性子供用17枚、とある。
ちゃんと手配してたのか、さすがリディア。
あれから、レニータに企画書を見せてもらった。
生徒会から予算が出てるんで驚いた。
予算にプラスして去年の人気投票からボーナスが追加されるらしい。
我がクラスは人気上位だったらしく、ボーナスがしっかりあった。
コンロ(火)を使う権利は得られなかったので、焼きそばとたこ焼きはあらかじめ作っておき、魔具で保温し提供する方法をとるみたいだ。
他の射撃、輪投げなどもなんとなくわかる。
綿菓子機なんてあるのかな?と思って、寮までの道を護衛してくれるお兄さまたちに話してみたら、ウチにあると言う。お兄さまたちが作ったんだって。
その材料であるザラメンも問題なく手に入るそうだ。
細かな予算の使い道も、しっかりと記載があった。
制服とする浴衣も手配済みで本日届いた。
着付けは多分覚えてる、だろう。
それにしても……と浴衣を手に取る。
ひどく懐かしいと思える柄だ。白地に金魚や朝顔。紺地に紫陽花。帯も大人しい色合いのものから派手なものまで。男の子用は塵格子や矢羽根、シマや市松、亀甲繋ぎなんかもある。ひとつとして同じものはない。実に多彩。
っていうかビニールに入っていて、それぞれにバーコード付きの値札がついていた。これ、ユオブリアの文字じゃないような? これは……、なんだっけ?
『きれいな布だな』
ぬいたちが荷物に群がっていた。
「面白い形でち」
『この履き物、面白い』
あーあ、ビニール破いちゃってる。
「それは下駄って言うんだよ」
『ゲタ?』
アリとクイはビニールから飛び出た、下駄の鼻緒に鼻を突っ込んでいる。
わたしは靴下を脱いで、こうやって履くんだよと見せた。
懐かしー。歩き方が下手くそで、ガコン、ガコンと捻挫しそうな歩き方になった。
『……いつもの靴でいいのではないか? 怪我をしそうだ』
『うん、見てるのは楽しいけど、歩き方が変だ』
『怪我する!』
『怪我するな』
『危なっかしいですね』
「やめた方がいいでち」
「でも、浴衣と合わせると可愛いんだよ。それに会場の中だけだろうしね」
もふもふやぬいたちには、会場内だけ下駄ってことでなんとか履くことを許してもらった。
着て見せてコールがあったけど、どの浴衣になるかわからないので、みんなに見せてわたしの浴衣がどれってわかってから、それを着て見せると約束した。
ミミたちは元気かな?と思いを馳せる。
フォルガードに行くのは許してもらえなかった。それにミミは乗り移られる危険性があるので、訓練が終わってからでないと会えないしね。
幸いわたしは13歳にしてかなりな資産があったので、フォルガードに行くことは可能だ。安全となったら長いお休みの時に、みんなに会いに行きたいと思っている。
学園祭が楽しそうなもので、なかなか本格的だったので、ジンたちを呼べたらなって一瞬思っちゃったんだ。だけどミミは無理かもしれないし、言葉のわからないユオブリアに呼ぶのは、わたし的に嬉しいだけだろう。
家族は学園だから、わたしが領地を出るのを許してくれた。心配させているのはわかっているから従うつもりだ。フォルガードにはまだ行けない。
家族には未だ心労をかけている。学園にいてもハラハラしているのだろうし。……髪が早くのびないかなと思っている。
貴族の子女で髪が短いのはあり得ないことみたい。お母さまがさ、わたしが寝た頃に部屋に入ってきて、寝ているわたしの頭を撫でる。
「可哀想に。こんなに髪を短く切られて」
って嗚咽を堪えて呟く。何度も何度もわたしの髪を撫でる。
髪が二度と生えてこないなら、どうしてくれようって思うけど、伸びてくるんだからいいとわたしは思うんだけど、一般的にはそうじゃないみたい。
陰口でも言われてるしね。みっともないとか、何をされたものか知れたものじゃないとか。言った奴の顔は絶対覚えておいて、髪がのびた暁には目の前でパサって美しい髪を見せびらかしてやる! 髪はね長さで競うものじゃないのよ。
幸いうちにはリンスがあった。それも素材がいいものだと思う。王宮にもリンスはあったけど、それより遥かにいいものって使うとわかる。化粧品もだ。
シュタイン領はそういうところは進んでいて、それもリディアが作ったものだというから、本当すごいと思う。前世の知識をうまく活用していたんだね。
料理やお菓子もそうなんだって。
よく頑張ってるよ、リディアは。




