第865話 アクション②質問
タタッと足音が聞こえ。薄い茶色の巻毛の女の子がわたしの前に来た。
「リディア・シュタイン嬢。メッソ伯爵家第二子、フェロリア・メッソです。週末に夜会を開きます。是非、いらしてください」
勢いよく頭を下げ、封筒を押し付けられる。
え。
「あの、困ります。受け取らないよう家族から……」
ああ、もういない……。走って行った。
「リディア、また受け取っちゃったね……」
キャシーがあーあという顔をしている。
「いや、受け取ってないよね? 押しつけられたよね?」
「お兄さんたちに言われてたのにね。もうこれ移動授業の時も護衛がいるんじゃない?」
ジョセフィンが恐ろしいことを言った。
わたしに歩調を合わせて歩くもふもふを見れば、視線を外す。
あり得るってこと? そんな窮屈なっ。
わたしは手にある豪奢な封筒に視線を落とした。
「どうした浮かない顔して?」
実習室にてアダムから尋ねられる。アダムとは教室でも隣の席だし、実習も同じ班だった。呼び間違えないように言われていたにもかかわらず、初日から何度もいい間違えたので、アダムはみんなに今後「アダム」に改名予定なんだと話した。
驚いたんだけど、アダムは卒業を待たず今年度で学園を辞めるつもりらしかった。その理由は誰も知らなかったけれど、ゴーシュ・エンターという貴族とわかる名前からアダムに改名ということで、何かを察したようで、誰も突っ込んで聞かなかった。みんなの前では。
わたしはピラっと受け取ってしまった豪華な封筒を見せた。
風に触れるといい香りがふわっとしてくる。
「メッソ伯か。こことは繋がっても問題ないよ。家に言われたんじゃなくて、令嬢がたんに君と仲良くなりたかったんじゃないかな」
封筒に名前なんて書いてない。封蝋にある紋章みたいのでわかるのか?
「前から思ってたんだけど、アダムって情報通だよね?」
メッソ伯のこととシュタイン家の状況、両家の社交界立場をわかってるような言い方だものね。
アダムは変な顔をした。
「何?」
「いや、情報屋だからね。君とも取引があるんだけど」
「え、わたしと?」
その時先生が入ってきたので、みんなバタバタと席についた。
小さい丸っこいおばあちゃん先生で、声が小さい。
質問をして止めることがない限り、おばあちゃん先生の良きスピードで知識がばら撒かれる。
「今日は何度かに渡り教えてきた、魔石の調合の実習となります。
まず魔石の砕き方からです。皆さんの前に吸収板、魔石、キリ、ハンマーが用意されています。
魔石をよくみてください。色の濃くなっているところ、それが核です。言わば魔石の心臓です。心臓を守るために魔素の結晶で覆われています。守りが強いほど均一で透明感があり綻びを見せません。透明感があり綻びを見せない守りが強い魔石ほど高額になり、効果の高いものとなります。けれど守りがある以上、絶対に〝初めと終わり〟の綻びがあるのです。目を凝らしてよく見るのです。規則性に混じる微かな違和感。そこに綻びがあります。皆さんも用意された魔石をよくみてください」
そこまで一気に言った。
わたしも魔石を手に取ろうとしたところ、ヒュンと何かが飛んできた。
かと思ったら、それが机に当たる前に粉々になる。
なっ。
粉々になったのは白いチョークだった。
ハッとして足元に目を遣る。
もふもふは顎まで床につけてペターッとしていた。わたしと目が合うと、視線でアダムの方を見た。
「失礼しました。攻撃かと思い、破壊してしまいました」
アダムが先生に詫びる。
「……それは不問に附しましょう。シュタインさん、あなたは魔力が少ないけれど、魔のあるものに侵されやすい。実習の時は魔力遮断の手袋をするよう渡してあります。それをつけて作業してください。今はお持ちですか?」
なるほど。わたしが素手で魔石を触るのを止めるのに、先生がチョークを(当たらないように)投げたんだ。……恐っ。そしてそれをアダムが粉砕してくれたのね。
収納ポケットを確めると、手袋があったので、そう先生に告げ、見せ収納袋から取り出すふりで収納ポケットから魔力遮断の手袋を取り出した。
授業は再開される。
アダムに小さくお礼をいう。授業中もこうやって守ってくれてるんだ。
足元にはもふもふ。
もふもふは聖樹さまから遣わされたお遣いさまということになっているので、学園内でも一緒にいられる。聖樹さまと会った時に、わたしの魔力を吸い取ったとかで、そのお詫びとして遣わされた設定になっているそうだ。
その聖樹さまは理事長と連絡を取れるそうで、理事長から聖樹さまにお伺いを立てているが返事はまだない。
手袋をして魔石を手に取り目を凝らす。ほんのり濃いアレが核。魔石の心臓。
透明度が高く均一な結晶が核を守っている。
きれいに透明でこれに綻びがあるとは思えない。
見つけた子は指示通り、その綻びに錐を立てている。
もう見つけたの?
次々に錐を突き立て少し穴を開け、そこをハンマーで叩くと、面白いぐらい粉々に砕けた。魔石ってこうやって砕くんだ。そうして核を取り出して様々な用途で使っていくんだね。
っていうか、よくみんな見つけるな。
え、えっ。まずい、みんなどんどん砕いていっている。
焦る。だって、わからない。綻びがわからない。
「シュタインさん?」
う、魔石を砕けていないのはわたしだけだ。
「すみません、綻びがわからなくて」
先生がわたしの方に歩いてきた。
先生はわたしから魔石を取り上げる。そしてじっくりと見定めた。
「シュタインさん、手袋をせずに魔石を触りましたか?」
「いいえ、触ってません」
「そうですか」
先生はその魔石をポケットにいれ、他の魔石をわたしのボードの上に置いた。
わかりやすいのを出してくれたのかな?
透明度の高い魔石ではあるけれど、均一が途切れているところがある。ここだ。
そこに伝わるよう錐を立てて傷をつけ、ハンマーで叩く。
遅ればせながらも、魔石を砕くことができた。
先生は小さく頷く。
「先生、質問いいですか?」
先生に促される。
「薬草を調合するのに魔石を使うこともありますが、魔石自体の研究をするのは何学になるんですか? 魔石のことはどれくらいわかっているんでしょう?」
先生は小さな目を瞬いた。




