第864話 アクション①学園生活
「リディア、実習室はあっち!」
後ろを歩くレニータから待ったがかかる。
「えー、地図では左じゃない?」
わたしは振り返る。
記憶を失くしたわたしが早く学園に慣れるため、移動授業の時はわたしが先頭を歩く。気ままに移動する教室もあるそうなので、学園のマップを見ながら歩くのが基本だ。
「ああ。その廊下を進むと、音楽室の前の廊下に出ちゃうの。だから、遠回りしないと」
ジョセフィンが人差し指を立てて、説明してくれた。
「意味がわからないんだけどっ」
移動する教室はあるって聞いたけど、ワープもあるの?
何でそんな迷宮仕様なの、学園が?
「だから、こっちから行くの」
真面目な顔で教えてくれたのはダリアで、キャシーはニコニコしている。
新学期が始まり、わたしは記憶を失くしたままだけど学園に通っている。
お母さまであるシュタイン夫人には、学園に通うと言ったら泣いて止められた。また拐われるのではないかと心配で、手元に置いておきたいようだった。
わたしは拐われるってそうそうない事だと思うんだよね。一度そんな目にあったんだから、もう二度とないよと話を明るく持っていこうと思ったけど失敗した。そういえば、何度か誘拐されたことがあったと聞いたっけ。
でも、記憶を失くす前のリディアは学園が大好きで、ずっと通い卒業したいそうだと聞いたので、お母さまの不安を和らげて説得し、わたしは学園に通えることなった。
2、3日シュタイン家のログハウスで過ごした。家族の愛情をいっぱい感じることができた。親戚の皆さまとご挨拶もして、みんな泣きまくりで。みんなにギュッと抱きしめてもらって、組織の施設で傷ついた心が少しずつ癒された。
家とリディアには多くの秘密があった。ハウスさんとコンタクトを取った時も驚いたけど、領地の町にある家、王都の家、それから兄妹たちの別荘を通して移動できることを聞いてびっくりした。それらも全部秘匿することのようだ。
それから、わたしがテンジモノなのは確かなようで、前世の異世界で過ごした記憶があったと教えてもらった。
領地と学園内はわたしの魔力が馴染んでいて、漂う魔素から魔力を得ることができ、ある意味無敵だとも教えてもらった。秘匿することが多くて、そこはこんがらがりそうなんだけど。
この家の前の所有者の魔使いさんの残したものが大きく生活に入り込んでいて、その最たるものがハウスさんとアオ。サブハウスにも行ったし、ミラーダンジョンにも行った。魔法で攻撃もできて驚いてしまった。
領地にも行った。町の子供たちとはみんな友達だと聞いた。
だからかすぐに馴染むことができた。
女の子たちにはやはり泣かれた。特に髪が短いことにショックを受けていた。
雑貨屋の下の子が同い年でミニーという名前だった。
一度ミミを呼んだはずなのに、間違ってミニーと言っていて首を傾げたのだけど、名前を聞いたとたん、わたしはこの子と特別に仲がよかったのかもなと思った。
領地でも遊び、わたしが始めたという事業のいくつかも教えてもらった。事業を請け負ってくれているホリーさんという人ともいっぱい話した。
事業のことなんか全くわからないので最初に謝っておいたが、わたしの話したことがヒントとなることもあったようで、「記憶がなくてもお嬢さまはやはりリディアお嬢さまです」と言ってくれた。
今まで通り報告書を出すので、わからないことは聞いてくださいと言われた。
わたしが出かける時は、もふもふとぬいたちinリュック。アランお兄さまとロビンお兄さまか、エリンちゃんかノエルくんがついてきてくれる。フランツはマスト。
それは領地内で。領地外ではガーシとシモーネが護衛についてくれるそうだ。
フォンタナ家はなんと親戚だった!
そうやって過ごしているうちに残りの夏休みが終わった。
そして学園をどうするということになり、お母さまに猛烈に反対されたのだ。拐われて髪を切られ記憶喪失。わたしも不安な日々を過ごしたけれど、家族も同じように不安だったと思う。でも、記憶を失くす前のわたしが卒業したいと言っていたそうだし、興味があったから通うことにした。
領地と同じように学園内でもわたしの魔が行き届いているそうなので、学園内は大丈夫だと説得して。
双子のお兄さまたちも自分たちがわたしを見ているといい、学園から出る時は絶対にガーシとシモーネの護衛をつけることで、なんとか許された。
わたしの捜索本部は解散されたけど、まだまだやることがある。バッカスの壊滅だ。蓮の葉で捕まえた人たちの情報から得た、バッカスの施設をとにかく叩いている。エリンちゃんとノエルくんが大活躍だ。ふたりは戦闘能力が高いそうだ。いくら戦闘能力が高くても8歳の子を戦わせるなんてと思ったけど、上級騎士ぐらいの能力がもうあるらしい。素早いし力もあるし、大きいし。わたしより、大きいもんね。8歳なのに!
バッカス潰しはわたしのためだった。戦力として頼もしいけれど、如何せん8歳だ。わたしももう戦うのはやめてと言ってみたけれど、ふたりは首を縦には振らなかった。戦うのは天職の気がしていると恐ろしいことを言っている。
でも実際、エリンちゃんはカリスマ性があり、彼女が剣を掲げ絶対に勝つと言えば、士気が大きく上がるそうだ。ノエルくんには、クジャクのおじいさまと同じ転移の力があり、それと素早さを利用して勝機を上げているという。
それに何より楽しいそうで、お父さまもお母さまも説得するのを諦めたみたいだ。
世界樹があるのもこの学園だし、王都にある。
フランツと下の双子以外は学園生だ。だから話し合いをするのにも持ってこい。
それからリディアは聖女になられた聖女候補さまの相談相手だったらしい。今はとても忙しいらしくて、学園に来られることはわずかになるそうだけど、わたしと会うことを望まれている。記憶をなくしていることは伝えてあるそうだけど。そして聖女さまは自由がきかない立場になってしまったので、学園にきた時にひっそりわたしと会うことを望まれているという。
それにちなみ、終焉にまつわる概要を聞いた。なんか恐ろしいことになっていて、カウントダウンは始まっていることに恐怖した。みんなその恐怖を抱えながらもしゃんと立ち、そして立ち向かおうとしていることが凄い。リディアもその一員であったというから、わたしは気を引き締める。
記憶を失う前のわたしは、わりとかっ飛んでいる。
わたしが記憶を取り戻すことを、みんなが望んでいるのはわかっている。そして首を傾げている。なんで戻らないんだろうって。
最初は瘴気で術のようなものをかけられたと思い、それは違った。瘴気は取り除かれた。蓮の葉のショッキングなことも、一応クリアした。憂いごとは取り除かれたように思える。なのにどうしてかな?と。
わたしはみんなに言ってないけど、いっぱいいっぱいだったんじゃないかなと思っている。だって色々ありすぎだよ。13歳に怖いことありすぎだよ。そりゃみんなも同じで、みんな立ち向かっているけどさ。だから余計に辛いって言えなかったんじゃないかな? 強くあろうとしたんじゃないかな?
だけど風船のようにぱつんぱつんに膨らんでいたところに、苦手な瘴気や直視したくないことにぶちあたり、とうとう弾けた。今はね、休みたいんだと思う。元気をチャージしているんだと思う。
休んでていいよ、と思う。よく頑張ったと自分のことながら思う。リディアのようにはできないかもしれないけど、わたしなりにやれることはやっておく。だから元気になったら、また始めればいい。
わたしは忘れたことが多い今、出来事を、みんなを、自分のことを、一歩引いたところで見ることができる。考えることができる。そんなわたしができることをする。
だから今は情報を集めながら、学園生活を楽しんでいる。




