第863話 君の名前⑥わたしの名前
「な、なんで王宮なんかに?」
「君の捜索本部に、ここが一番都合がよかったからだ。王族もバッカスのことを重くみているしね」
「……みんな、何者なの?」
王宮って一般民じゃ〝本部〟だとしても、気軽に入れるところじゃないよね?
「友達で学友。正式名はブレド・ロサ・ミューア・トセ・ユオブリア」
名前に国名が入っている……ってことは?
ロサはわたしの表情を見てニッとする。
「そう、君の言う、無駄にキラキラして、無駄にカッコ良くて、何をしてても、背景にバラを背負っているような人だっけ? 私はユオブリアの第二王子だ」
えええええええええええええええええええええ???????
王子さま、王子さまなの??
なんかわたしめっちゃ、タメ語で話してたんだけどっ!
これやばいやつだったりする?
ロサが笑い出した。
「目がおっこちそうだよ、トスカ」
「だ、だって……」
「王子ではあるけれど、友達には変わりない」
王子さまの友達ってありなの?
リディアってすごいんじゃない?
「僕はアダムだけど、教室ではゴーシュ・エンター、間違えないようにね」
「教室?」
わたしは首をぐりんとしてアダムを見上げる。
「学園のクラスメイトだ」
「え? アダム13歳なの??」
「留年した16歳ということになっているけど、18だ」
「……5つもサバよんでるの?」
「うるさい!」
「イザーク・モットレイ、ロサ殿下と同じ5年生だ」
「もうすぐフランツ・シュタイン・ランディラカに戻る。クラウス・バイエルンだ」
え、ええ??
フランツを二度見した。
なんか、情報過多でアップアップだが、今は家族に会いに行けということで、8角形の部屋に急いだ。
フランツがしばらく一緒にいてくれるそうなので、城に戻りたくなったらそう伝えてくれればいいと、本当にわたしのいいようにしてくれていいんだと言われた。
8角形の部屋にはおじいさまがいた。
「あの、わたしの本当のおじいさまって聞きました」
おじいさまはわたしの頬に手を置いた。
「本当に無事でよかった。抱きしめても?」
言われて頷くと、おじいさまはわたしをギュッと抱きしめた。
「リディア……本当によかった」
ぎゅを解いてわたしに向き合ったおじいさまの目は真っ赤だった。
「さ、ジュレミーたちが首を長くして待っている」
そう言って、ロサたちに軽く会釈した。
フランツがぬいたちの入ったリュックを持ち、もふもふがぴょんと飛んできたので腕にかかえる。
「それでは」
おじいさまが片手を胸に置き軽く頭を下げると、周りの景色が変わった。
お腹がちょっと気持ち悪い。
空だ。真っ青な空。空気が澄んでいる。
山間のログハウスっぽいお家。
庭は青々としていて、花が咲いて綺麗だけど、色とりどりの野菜が見える。
なんか季節を無視しているような……。
ログハウスの前には何人もの人がいた。
ひとりをのぞいて、みんな似た髪色。
肩を押される。
なんて言おう。
なんて言おうか思いつけないんだけど、なぜか会いたくなった。
押されて踏み出した一歩。ゆるゆる歩いていたのに、いつの間にか小走りになっていた。
少し前で立ち止まる。
背の高いイケメン。明るい茶色の髪に翠の瞳。お父さん、かな? 目が潤んでる。
その隣の美人。プラチナブロンドの髪。涼やかな青い目は涙でいっぱいだ。お母さん、かな?
「お、覚えてないんだけど、〝家族〟に会いたくて来ました」
両手を固く握りしめ、わたしは勇気を出して言った。
イケメンが前に出て、膝をついて、ガバッとわたしを抱きしめる。
「リディー」
フォンで聞いた声だ。
涙がでた。思い出したわけじゃないのに、トスカとしては初めて会うのに。
抱きしめられても嫌じゃなくて。胸の奥からこみ上げてくるものがあって、わたしは泣きじゃくっていた。思い切りしがみついて、声をあげて泣いた。
ギュッが緩むと、正面を譲られた美女がわたしの頬に手を添えた。
「こんなに痩せてしまって……」
美女のほんのり色づいている頬に涙が伝う。後から後から……止まらない。
膝をついたまま、ゆっくりとわたしを抱きしめる。
「リディー、リディー、リディー」
何度もわたしの愛称を呼ぶ。
「リー」
「リー」
双子?の青年。美女と同じような色合いの髪。色と分け目が少しだけ違う。瞳の色はスカイブルー。美女と同じだ。こちらもイケメン。
美女がずれてわたしの前を開けると、左右から同時に抱きつかれた。
そして頭を撫でられる。
「よく頑張ったな、偉いぞ」
ヤバイ、泣きすぎだ。
また涙腺が緩みそうになる。
恐らく双子兄、の間から突進。
「姉さま!」
新聞に載っていた女の子だ。
「姉さま!」
その横に身を滑らせて入ってきたのは、その女の子と瓜二つの男の子。
体はわたしより大きけど、ふたりは5つ下のはず。
下の双子が顔を上げる。
みんなに声を揃えて言われた。
「「「「「「おかえり(なさい)」」」」」」
「お嬢さま、ご無事で何よりです」
ふくよかな優しそうな年配の人は、家のことを手伝ってくれているハンナさん。
馬が3頭、サイズがおかしい大きなニワトリたちが庭から走ってきた。
え、ええ?
みんなでわたしを囲んでくる。鳴き声が凄い。
「おかえりなさいって言ってるでち」
一羽がわたしの足を突っつくんだけど。
「ワラ、止めるでち」
動物と話せるのか、アオが言ってくれたけど、ワラというニワトリはわたしを突っつくのをやめない。
「挨拶しないから怒ってるでち」
え。
いや、だって。
わたし覚えてなくて。それが申し訳なくて。
そんなわたしが「ただいま」と言っていいものかと思えて……。
じ、地味に痛い。
「あ、もうわかったから、やめて! ただいま!」
みんな安堵して顔を見合わせ、そしてもう一度声を合わせた。
「お帰りなさい!」
イケメンがおじいさまに駆け寄る。
「おじいさま、ありがとうございました」
「ワシは何もしとらんよ。ただ転移で連れてきただけだ」
「おじいさまも中に」
イケメンはおじいさまを家の中へと誘った。
「いや、ワシばかり会っているのは皆に悪いからな。今度は皆を連れてくるとしよう。皆心配しているから」
わたしもお礼を言うと、おじいさまはもう一度わたしを抱きしめてから転移で帰って行った。
そして家へと招き入れられる。
「思い出してないのなら、〝トスカ〟と呼ぶ方がいいかな?」
わたしは少し考える。
「では、リディアで」
「いいのかい?」
わたしは頷いてみせた。
家族のわたしを呼ぶ声が、音から、愛が溢れている。
名前はただの記号なのかもしれない。
呼ばれる事によって、命が吹き込まれる。
愛しいって、呼びかける声に含まれている。
だからどんな記号だとしてもわたしは構わない。
それがわたしの名前だ。
愛しい子って、わたしの耳には届くから。




