第859話 君の名前②重要人物
みんな目が点。
わたしは口にしたことを後悔した。
「その、重要人物だったりする??」
「あ、いや、ごめん。君が〝姫〟に興味があるとは思ってなかったから。
お姫さまは難しいけど、王妃にならしてあげられるよ」
そう言ったロサの耳を、フランツは引っ張ってる。
「何どさくさに紛れて戯言を言ってるのかな?」
「トスカは王子にも興味あるみたいだし、彼女が王妃を選ぶならいいんじゃないか?」
とじゃれあっている。
王妃にしてあげられるってスケールの大きな冗談だけど、そんな権力をロサは持ってるのだろうか?
「君はお姫さまではないよ。重要人物……一部の人たちにとって、君は重要人物だね。それは瘴気を排除してから話そう」
アダムがまとめる。
違ったか。恥ずかしい。顔に熱がこもってる。
シュタタっともふもふやぬいたちが集まってきて、恥ずかしくてうつむいたわたしの頬を舐める。
いっぺんにやられるとくすぐったい。みんなざらっとした舌だ。
ノック音がした。
「呪術師がお目通りを願っています」
「入れ」
お目通り? わたしは許可したロサを見た。
偉そうだったけど、板についてる感じだ。
ロサはわたしの視線に気づいて、優しく笑う。
入ってきたのは猫背、でも背の高い男性。痩せている。暗い色の髪で、瞳は深い藍色。これまた暗い色のローブを着ている。
「呪術師・トルマリン、参上いたしました」
「ご苦労。願いがある。この少女の瘴気をみてくれ」
呪術師のトルマリンさんは、透明の何かを抱えるようにして指を組んだ腕を肩まで上げて、逆に頭は下げる。
手を下ろしてから、わたしを見た。
「活性化された瘴気が、お嬢さまの中を跳ね回っております」
お、お嬢さまだって。
「それは危険なのか?」
ロサが尋ねる。
あ、瘴気が跳ね回ってるって言ったね。お嬢さま発言の方が衝撃的だったもんだから。そっちに気持ちを持っていかれた。
「一般的にはなんでもない量ですが、元々の瘴気量の少ないお嬢さまでは、疲れやすくなるかもしれません。もっと深くみるために、額に触れてもよろしいでしょうか?」
「トスカ、呪術師が額を触る。いいか?」
フランツから尋ねられる。
「お願いします」
とわたしは立ち上がった。
トルマリンさんが近づいてくる。
神経質そうな手が、わたしのおでこへ置かれた。
ひんやりした手だ。
彼は目を瞑る。
少ししてから、目が開かれた。
口の端が少しだけ上がっているように見えた。
「どうだ?」
「活性化された瘴気のみですね。変な術をかけられたりはしていないようです」
みんなが安堵の息を吐いた。
「瘴気はどうする?」
「活性化されたものだけは、取り除いた方がよろしいかと存じます」
「トスカ」
ロサの声が低い。
「今聞いた通り、君の中にある瘴気は、君を疲れやすくしているはず。それを取り除いてもいいだろうか? こちらの術師、トルマリンは宮廷呪術師として働いている力のあるものだ。君にいいことがあっても、害にはならない」
なんか、みんながわたしを見ていた。真剣に。切に願っているように。
「わ、わたしがお願いしたいです」
そう告げれば、ほっとした表情になる。
「トルマリン、頼む」
わたしは座るよう促された。
彼は肘を外側に突き出し、自分の胸の前で掌を合わせた。
何か言ってる? 言葉とは違う音。低音と高音が組み合わさり、なんだかわからないけど、でもどこか不安になる。
いつの間にか人差し指だけ立てて、後の指は組まれている。
その2つ合わせた人差し指をわたしに向け、斜めに払った。
何かがわたしの中で動いているような変な気分。
「無事に払い終えました。半日後には、もとよりなかったものは払われます」
なんか疲れた。椅子からずり落ちそうになると、もふもふが大きくなってわたしの下敷きになった。だから痛くない。けど、疲れちゃった。
横からフランツとアダムが手を伸ばして支えてくれた。
だめだ、目を開けていられない。
そしてまた眠ってしまった。
柔らかい日差し。
横にはもふもふ、首まわりにはぬいたちがいた。
「おはよう」
もふもふはじーっとわたしを見る。
『気分はどうだ?』
レオに聞かれた。
「うん、大丈夫」
みんなが一瞬ショボンとしたように見えた。
伸びをする。お、体が軽い。
「どれくらい 眠ってた?」
『一晩だ』
「みんなご飯は食べた?」
『夕飯は食べた。ここの豪華だぞ』
レオがぴょんと飛び跳ねる。
「豪華か。ここどこなんだろう? ご飯とかも高そう」
『ここは城だぞ』
「お城でちー」
「城?」
城って、まさかあの〝城〟じゃないよね?
王族が住んでるとかの。
あれ、真っ白の夜着。可愛いけど、誰が着替えさせてくれたんだろう?
ぬいたちが一瞬にして、ぬいぐるみになった。
ノック音がして、そうっと扉が開いた。
『ここのメイドだ』
もふもふが教えてくれた。
「お嬢さま、起きていらしたんですね、おはようございます」
「おはようございます」
わたしは行儀が悪いけど、ベッドの中から挨拶をした。
立ち襟の紺色のワンピースに、真っ白のエプロンタイプのメイド服を着ている若い女性だ。
「お嬢さまのお世話をさせていただくケイトと申します。よろしくお願いします」
「トスカです。よろしくお願いします」
「お腹、空きました? 食事を取れそうですか?」
聞かれた途端グーっと鳴った。
ケイトさんは微笑む。
「よかったです。お腹が空かれたんですね? 皆さまお嬢さまのお目覚めをお待ちです。よろしかったら一緒にご朝食はいかがでしょうか?」
そっか、あのまま眠ちゃったもんな。
「みんなとご飯をいただきます」
「では、着替えましょう」
ケイトさんが手にしたのは。
うわーー、可愛い服。お嬢さまが着るような服だ。
「あの、夜着に着替えさせてくれたのはケイトさんですか?」
「私は朝からの担当なので、昨日の夕方から担当の別のメイドです。今日も夕方からその者がお嬢さまの担当になります。何かありましたでしょうか?」
ケイトさんが少しだけ不安そうな顔をした。
「いえ。誰が着替えさせてくれてのかと……お礼を言おうと思って」
というと、察したみたいだ。
「メイドが服を変えさせていただきましたよ」
とにっこり。そうだとは思ったけど、ほっとする。
意匠が凝らしてある桶っていうか洗面器?みたいのに、ピッチャーからお水を出してくれた。布を水で濡らして絞り、それで優しくわたしの顔を拭いてくれる。
え。顔ってこうやって洗ってもらうものなの?
それから腕から指まで丁寧に拭いてくれた。
おお、スッキリ。
それからケイトさんは着替えるのを手伝ってくれた。
髪もまとめてくれる。フランツの作ってくれた髪飾りで留めて欲しいとお願いした。
リュックの中にぬいたちを入れて、もふもふは抱っこする。
ケイトさんの後を追って、部屋を出た。




