第858話 君の名前①わたしは誰?
入ってきた扉と違う扉をガーシが開ける。
「ご案内します」
とクジャクさまに礼をした。
「さ、行こう」
おじいさまに手を取られて歩き出す。
フランツもアダムも頷いた。
ブルーの毛の短い絨毯の廊下を歩いていく。
窓とか造りが凝ってるな。
なんかお城の中って感じ。
大きな施設だ。どこなんだろう?
長い廊下を歩き、曲がって曲がって階段をのぼり、また曲がり。
毛の短い赤い絨毯のエリアに入った。
騎士っぽい格好の人が、両開きの扉の左右に立っている。
そして近づいていくと、その扉を開けてくれた。
すっごーーい、部屋の中がキラキラして見えた。
調度品が……一級品なんじゃない? そしてそれが新品そのものに磨き上げられている。
何畳になるんだろう? とにかく広い。
ふたり用のソファーがいくつも置かれてあって、その前には背の低いテーブルが備えられている。
ガーシとシモーネは内側の扉の両側に立ち、わたしたちは促されて、その沈むソファーに腰掛けた。
ドアがノックされ、静々と入ってきたのはメイドさん!
お揃いのメイド服。洗練された所作。
みんなにお茶とお菓子を配膳してくれる。
わたしバッカス反組織の規模が大きいんだと思ってきた。
機動力。複数の隠れ家。大人数。情報量。3Dフォンなどの魔具。それらを賄える経済力。それも国を跨いでだ。
それに強さや魔法のレベルも相当に高い人たちな気がする。
でもそういえば最初にわたしをユオブリアの王宮で保護するつもりとか言ってなかった?
……規模が大きいだけじゃなくて、みんな身分も高かったりするんじゃない?
だっておじいさまはコウシャクさまみたいだし。
うーうん、みんなの身分が高いのではなくても、身分の高い人から頼まれた精鋭人という可能性もある。
身分の高い人たちは、なんでわたしを守ろうとしてくれるんだろう?
わたしは組織で酷い目にあっていたけど、それは他の子供たちと同じ。
違うといえば、記憶を失い、組織の嘘の記憶を信じてきたこと。
わたしは加護のことを何か知っていたり、加護を持っていたりする。もふもふやぬいと話せる。もふもふは聖霊王のお遣いさま。ぬいたちは……お遣いさまの弟子ではなくて魔物っぽい。ぬいぐるみになれる魔物は特別だろうけど。
そして展示会じゃなくてテンジモノだっけ?
組織に執着されているわたし。
ただそこから助けてくれてるんだと思っていたけど。
……何度か思った。わたしって重要人物なんじゃないの?って。
それはわたしに何かしら付随する〝能力〟みたいなものによるものかと漠然と思っていたけど。そうじゃなくて、出自から手っ取り早く守られる人となり、大切にされる人がいる……。
「トスカ、このお菓子、きっと好きだと思うよ?」
フランツが勧めてくれたのは、ガラスっぽい小さな小瓶に入ったプリンだ。
「プリンだ!」
みんな一様に驚いている。
「これもおいしいぞ」
ロサが指差しているのは。
「ショートブレッドもおいしそう」
「これは?」
アダムが指しているのは
「レアチーズケーキ!」
ベリー系のジャムがかかってる!
「これはワシの好物なんだ」
「チョコトリュフ!」
おじいさまが目を押さえた。
「少し席を外す」
おじいさまが部屋を出て行った。視線でその背中を追いかけていると、わたしの前にお皿が集まってくる。
「……トスカ、いっぱい食べて」
トリュフを一つ摘む。
あっまーーーーい。
チョコの主張が嬉しい。
しまった。一番甘いのを先に食べちゃった。
メイドさんの入れてくれたお茶を飲む。
紅茶だ。とってもおいしい紅茶。
スプーンでプリンをいただく。
ふるふる、あまあま。
あ、忘れてた。リュックが動いてる。
「みんなを出してもいい?」
「どうぞ」
わたしはリュックのとば口を開けた。
みんなが飛び出してくる。
もふもふは慣れた感じに窓際に行くので、首を伸ばしてみたら、大きなお皿が床に置かれていて、そこにお菓子がマウンテンとなって置かれていた。
「みんなにもたっぷり用意してるよ」
フランツが簡易テーブルの上にあるメイドさんが置いていったお菓子のお皿をわたしの前にあるテーブルに置いた。イザークも手伝ってマウンテンが3つも。
「トスカもいっぱい食べて」
ぬいたちも喜んでテーブルを囲み、自分たちの顔より大きなお菓子にかぶりついている。その様子がまた可愛い。写真撮りたい。とっておいていつも愛でたい!
『これもうまいぞ!』
『シュタイン領のお菓子だ』
「いつもの味でち」
口にいっぱい詰め込んでいる。
お菓子もそうだけど食事も、わたしにすっごく勧めてくる。
なんか太らせようとしている気がするよ。
どのデザートもとてもおいしかった!
お腹がいっぱいだ。
この後の予定としては、呪術師にわたしの瘴気の具合を見てもらうそうだ。
わたしはフォルガードで、挨拶できないままお別れとなった、みんなのことを聞いた。
ユオブリアに残っているフォンタナの戦士たちが対応してくれているそうだ。
ジンたちは孤児院に、ミミは保護施設に入った。
ミミは今までも気づくと知らないところにいたということが、そういえば何度かあったと言ったらしい。
あの日、朝ごはんをみんなと食べて、出かけるから支度をするように言われ、どこにと聞けば後で教えると言われた。そこまではジンたちと同じ。
わたしが体調を崩したらお流れになり、あの日しか予定は組めなかったので、その場合会うことなくわたしはユオブリアへ行ってしまう。もしそうなったら期待させて落胆することになる。それは可哀想なので、伝達魔法のGOサインが出るまで行先など伝えてなかったそうだ。
で、行き先など知らぬまま、部屋に戻って支度をしようとした。
その次の瞬間には路上で、みんなから覗き込まれていたという。
わたしの発言からの情報だけど、依代というスキルかギフトは少ないけど存在するもので、本人の自覚がないと精神を乗っ取られる危険なこともあるそうだ。
スキルやギフトなのでミミの持っているものが本当にそうなのか調べることは難しいんだけど、精神鑑定のようなスキルの人がミミをみて、そういう系の能力を持ってると結果が出たらしい。それでミミは自我を守れるように、その保護施設で訓練をすることになるんだって。
ちゃんとしたお別れはできなかったけど、またきっと会えるから、いや、会いに行くから、それでいいと思おう。
「そのほかに、質問はある?」
聞いてしまおうか。わたしは咳払いをして喉を整えてから聞いた。
「ねぇ、わたしって誰? もしかしてお姫さまだったりする?」




