第855話 逃走劇⑦狙われた馬車
馬の嘶き。
馬車が急に止まる。
わたしはアダムに抱えられて、無事だった。
商人のおじさんは床に転がり、お付きの人に起こしてもらっている。
御者さんが飛び降りると馬車ががくんと揺れた。
冒険者風の人たちが飛び出していく。
「僕が」
「いや、アダムは弟をよろしく」
そう言って、フランツが出て行った。
『我が出るか?』
抱え込んでいたリュックの中から問われる。
わたしは底を2回軽く叩く。〝NO〟の合図だ。
アダムとフランツと相談して、もふもふたちの援護は最終手段ということになっている。
わたしはリュックを背負った。
みんな不安げに何があったのかと見極めようとしている。幌の穴を開けた窓部分から矢が飛び込んできて、みんな伸ばした首を慌てて縮めた。
「こ、これは襲撃されているということですかな?」
商人さんが恐る恐る言った。
「そのようですね」
アダムが相槌を打つ。この状況、それしか予想できないもんね。乗客たちの顔色が一瞬にして悪くなった。
剣を激しく合わせる音が聞こえてくる。
確か〝集団〟と言っていた。こちらは御者さん、冒険者のふたり、それからフランツの4人だ。フランツも強いけど大丈夫かな? 魔法を使えば一発ってことでもないのかな? だから魔法を使ってないのかな?
馬車が揺れる。巨体男が馬車に乗り込んできた。
誰かが悲鳴をあげるとそいつはニタァと笑う。
「お前ら、金目の物を出しやがれ。そしたら命は取らないでやってもいいぞ」
嘘だ。助けるつもりなんかないくせにってわたしは思ったけど、アダムはなぜかほっとしたように息を吐いた。
え、なんで安心するの?
アダムと目が合う。アダムは苦笑いを浮かべた。
乗客たちは、震えてワタワタしながらも、身につけていた袋から硬貨を出そうとしている。男はその袋ごと奪う。
「そうそう、素直に従ってれば痛い思いをしなくて済むぜ」
ズダ袋にみんなから奪ったものを放り込んでいく。
商人さんの荷物は丸ごとだ。
巨体男はわたしたちを見た。
「べっぴんなにーちゃんよー、早く出せや。こっちの坊主を痛めつけてやろうか?」
アダムはわたしを引き寄せた。
「んぁ? よく見れば、坊主じゃなくて嬢ちゃんか。これも金になりそうだな」
と、わたしの手をつかもうとした。
女とバレたのなら、声を出してもいいよね?
「嘘つき!」
手を払って大声で言ってやったので、巨体男は少し驚いたようだ。
「あー? 何が嘘なんだよ?」
「最初から助けるつもりないでしょ?」
男はニマーっと笑う。
「なんでそう思う?」
「ここは一本道。逃げ場がないから盗賊が現れない道だった。でもあなたたちは襲ってきた。逃げられる算段があるからよ。生き残った乗客になり変わる気でしょ?」
被害者ヅラして街に駆け込めばいい。盗賊に襲われた、助けてくれって言って。御者に行けと言われ、自分たちだけ馬車を動かして逃げてきたんだと。
何人かは先に殺されたとか言ってね。
屠った乗客の何人かに自分たちの着ていた服を着せて、調べにきている間にとんずらするつもりだろう。
「ほー、賢いじゃねーか。でも頭はあっても口に出すのがガキなんだよ。これから売られた先では、それを覚えておくこったな」
腕をつかまれたと思った瞬間!
アダムに抱え込まれた。
「ぎゃーーーーーー!」
何がどうなったのかわからないけど。ひぇーーーーー、盗賊の、う、腕から下が床に落ちてる。血が飛び散っていて。
「汚い手で触るなって、あ、警告には遅かったか」
アダムはポーカーフェイスだ。
「怖かったら、いい子だから目を瞑っていて」
わたしには微笑む。
アダムが動いたと思った時には、悲鳴をあげている男の後ろに回りこみ、首に回した手に一瞬力を入れて、男は倒れた。
ふたりの男が馬車に乗ってきた。一瞬で状況を把握したようだ。
「こ、この野郎!」
男のひとりが狭い通路を走ってくる。
もうひとりの男は、前方にいた赤い服の女性を、馬車から降ろそうとしていた。
そこにフランツがやってきて、男の方を馬車から下ろそうとする。男は後ろにひっくり返っるように倒れて落ちて……。
通路を走ってきた男も、アダムが気を失わせていた。
再びあがってきたフランツとアダムは目で合図をしている。
外の人たちは制圧できたみたいだ。
みんなで協力して、馬車の中で気を失ったふたりの男を外へ出す。
少しすると組合の人たちと、彼らが連れてきた衛兵たちがやってきた。
衛兵たちが盗賊たちを縛りあげていく。彼らが街に連れて行くそうだ。
わたしたちは元々の馬車で街へ。街で事情を聞くから所在を確かにしてくれと言われる。宿をとるつもりだからまだわからないと言えば、指定の宿に行くように言われた。宿をとる人たちはみんなそこになりそうだ。
街についた。
馬車を降りると、赤い服の女性がフランツに頭を下げる。
「助けていただき、ありがとうございました」
「あなたを助けたわけではないので」
うわー。フランツって無闇に敵を作るタイプ?
〝無事でよかったです。お気になさらず〟ぐらいに言っておけばいいのに。
でも派手な女性はメンタルが強かった。
「それでも助かりましたから。お礼をさせてください」
とフランツに食事を誘っている。
フランツは剣もほろろに断っていたけど。
宿では3つのベッドのある部屋を取ることができた。内風呂もあるって。わーい!
フランツは買い物に行ってくるといい、わたしは先にお風呂に入らせてもらうことにした。
レオとベアとアリとアオが眠っていたので、起きていたもふもふとクイと一緒にお風呂に入る。
服をきれいなものに着替えて、ベッドにダイブ。
フランツはまだ帰ってきてなかった。
アダムにお風呂に入ればと勧めた。もふもふが〝我がいるから大丈夫だ〟の言葉に後押しされてお風呂場へ。ベアとアリとアオが起きてきて、アダムとお風呂に入ると走っていった。レオは近くで火をだすとすぐ起きるらしい。預かっていた火の魔具で一瞬だけ火をつければ飛び起きた。そして自分もお風呂に入ると、慌てて駆けて行く。
可愛い。
ベッドのところに戻ろうとして、ビクッとなる。
びっくりした!
椅子にアダムの上着がかけてあったのか。こちらから見ると、アダムがいるように見える。ドアから入ってきたら、アダムが腰掛けていると思うかもね。それで話しかけたりして。
わたしはフランツがそんな勘違いをして、上着に話しかけたら面白いなと思った。そんなことを考えながら、もふもふとクイと一緒に、衝立の向こうのベッドのひとつに飛び込んだ。




