第851話 逃走劇③喧嘩
「みんな素敵なドレス着てた?」
「……王宮っていっても、外れっていうか、一室にずっと籠もっていたし、外のことはよくわかんないなー」
スラスラと嘘が出てきた。
確かめなきゃ。
きっとたまたまだ。
何かの拍子で誰かが話していたことを耳にしたんだ。
「懐いているとは思っていたけど、贈り物をしたいぐらい仲良くなったの?」
小首を傾げている。
「お世話になってるもの。ミミたちもフォンタナの戦士たちによくしてもらってるんでしょ?」
「それは感謝してるけど、できたらやっぱり私、父さんや母さんに会いたいな。トスカもじゃない?」
目の前にいるのは本物のミミなのか?
「わたしは……捨てられたから」
わたしは視線を床に落とした。
「そうじゃなかったら会いたい?」
ゴクリとわたしの喉がなる。
もふもふたちはとても強いとフランツは言った。
わたしが背負っているリュックの中に入っている。
フランツとアダムと少し離れている。商会通りから離れてしまった。
「〝そうじゃなかった〟かどうかなんて、わかることはないじゃん」
わたしはそっぽを向く体で、お店の外を見た。
商会通りから右の路地に入ったひとつめの店だ。
アダムたちにここにいるって知らせなくちゃ。
「違うよ、トスカの父さんと母さんはね、組織から出たら何が起こるかわからないから、大丈夫ってわかってからトスカを連れ出すつもりだったんだって!」
ミミはわたしの前にタタッと走って回り込む。
「外に出た時に、人とぶつかったの。おじさんが私の手に紙切れを渡してきたんだ」
ミミは字がやっと読めるようになってきてはいたけれど、ジンたちほど勉強熱心ではなかった……。
「トスカを迎える準備ができたんだって。連れ出そうとしたら、トスカが城に連れて行かれたって。確かにアダムたちには助けてもらったし、いい人だと思うけど、親子を引き離すのは間違っていると思うの」
ミミの瞳に熱が帯びる。
「ミミはどうしてその人たちが、わたしの両親だって思うの?」
ミミは訝しげな顔をした。
「アダムたちにいろいろ吹き込まれたのね」
そう嫌味な笑みを口の端にのせたミミは、とてもわたしより年下には見えなかった。体はわたしより大きいけど、どこか子供っぽいところが見られたのに。
〝蓮の葉〟には大人しかいなかった。それでロサが不思議がっていた。
初めに聞いた時、すでに疑問に思ったようだ。なぜミミだけ移動回数が多いのか。〝葉〟に連れていかれたのか。
魔力の少ない子供たちは、組織では使いようがない。だから雑用にまわされる。ゴミ集めや食糧の運搬が主な仕事。同じ条件のはずなのに、ミミだけどうして移動が多かったのか、と。
たまたまということもあるかと流していたけれど、蓮の葉に踏み込んでみれば子供はひとりとしていなかった。それでなぜかなと少しだけ強く思ったようだ。
そう言っていたことを、わたしはなんで《《今》》思い出すんだろう?
わたし今、疑ってるんだ……。
スプーンを持ってこうやって食べるのって食べさせてくれたミミのことを。
大好きってギュッとしあったミミのことを。
「ど、どうしたの? なんで泣くの?」
お人好しのミミのことだ。彼女こそ騙されているのかもしれない。まずは確かめなきゃ。
「わたしも両親から書き置きをもらったの」
「お城に連れて行かれる前ね?」
「うん。まだ思い出してないけど、会いたくて会いに行こうと思った」
「馬車から逃げ出したのよね?」
……それも知ってるんだ……。
わたしは小さく頷く。
「ロサたちは組織を潰してから会えばいいって。まだ危険だからって」
ミミは胸の前で、腕を組んだ。
「確かに、それはそうね。じゃあ、組織が潰れた今、トスカが両親に会うのは問題ないってことよね?」
「うん。でもわたし両親に会うの、怖い」
「怖い? どうして?」
「だって、記憶がないから本当に親か、わからないし。いずれわたしを連れ出すつもりだったとしても一度捨てられたことには変わりない。
そしてね、いずれはって気持ちが免罪符になると思ってるってことだから、きっと繰り返しやるのよ。わたしはその度に捨てられたんだって思うことになる。わたし、それは痛くて嫌」
ミミは鼻で笑った。
ミミはわたしの言葉をよくわからないと意味を聞いたりすることが多かった。
けれど〝免罪符〟という言葉をすんなり受け入れた。
意味をわかっていると、わたしの心のどこかがスッと冷えていく気がした。
「トスカって欲張りなんだね。親が生きてたってだけで十分じゃん。トスカのことずっと気にしてたってことでしょ? 十分じゃん。会いたくても会えない子だっているのに。トスカ、ズルイよ」
ズルい? わたしが?
「おやおや、お嬢ちゃんたち喧嘩かい?」
店の奥からゆっくり歩いてくるのは、黒いローブをきたおばあさんだ。
「意見の食い違いです」
わたしはミミの手を取って、店を出ようとした。
その手を払われる。
「喧嘩なんてするもんじゃないよ。この菓子でも食べて心を落ちつけてごらん。喧嘩ってのは大体お腹が空いているから起こるんだ」
わたしたちは今、お腹いっぱいだ。
「わたしたちお腹いっぱいなのでいりません。ミミ、行こう」
ミミはおばあさんの手からお菓子を受け取って口に入れた。
「トスカも食べて。そしたら一緒に行くから」
怪しさ満載なんですけど。
『我が出るか?』
もふもふの声だ。安心する。わたしはリュックの底を2回叩く。〝NO〟の合図だ。わたしはおばあさんに軽く会釈をしてお菓子をつまむ。口に入れるふりをしてもぐもぐする。
ミミが崩れ落ちた。
「ミミ?」
手を差し出すけれど、間に合わなかった。
おばあさんがローブをとると、毒々しい美女が現れた。
よくわからないこと言ってるよね。わたしもそう思う。
でも今までは絶対におばあさんだったのに、ローブをはぎ取れば、現れたのは若い女性だったのだ。顎のとんがっている、どこか毒々しそうな美女。
「あら、あなたは効きが遅いわね」
声まで違う!
手が伸びてくる。
どうしよう。ミミを残して逃げるわけにもいかない。けど、わたしだけじゃ。
手首を掴まれる。
わたしは大声を出した。
「アダム! フランツ!」
口を塞がれる。甘ったるい匂いの布が迫ってきたので、息を止め、わたしは崩れ落ちる演技をした。




