第849話 逃走劇①楽しい買い物
当日、うまくいきますようにと祈りまくり、お腹を壊すぐらい緊張していたが、取締劇はあっけなく終わりを見せた。
シナリオ通りにことが運び、フォルガード支部のトップを捕まえることができた。けれどそれは探していた弁護人とは違ったようだ。その男は、玉のレシピについて深く知らなかった。魔石の補充、漬け込む日にちが決まっていて、順繰りに移動させていく。できあがったものをまとめ各支部への配布。それが仕事だったようだ。
要するに、魔石を足し、時間で管理して魔石を移動させていき、最後は納期と決められたことをこなしていただけだ。彼曰く、玉は神によって作られるもので、あの場でしか作ることは不可能。神以外がいじってしまったことにより、玉を今後作り出すことはできないと、はっきり言ったそうだ。
その神とは誰だと尋ねても、神は神だとしか言わない。
弁護人を神だと崇めているのかと、姿形を伝え聞いてみたけれど知らないといい、嘘をついているようには見えなかったそうだ。どういうことだか分からなくて、皆、顔をしかめていた。
弁護人を捕まえられなかったのは痛い。手がかりもないんだもんな。
けれど、組織の人間から〝玉を今後作り出すことはできない〟と証言を取れたので最低限の抑止力にはなるようだ。
需要のあった加護玉は作れないし、精霊がひとり(?)だったことを考えるとやはり探し出したり使役は難しいのではないか。魔石を大量にこれから集めるのも大変だし、石を高位魔物の生き血で浸すというのも、そう簡単にはできない。弁護人は指名手配を続ける。収入源は断たれたということで、溜飲を下るしかない。
お金に群がっていた組織メンバーたちは、収入源は断たれたし、見つかれば捕まり罰を受けるとわかったから散っていくと想像できる。命じられたことを部分的にやらされていた状態なので、同じようなことでお金を稼ごうとはしないだろう。というかそんな頭はないとの見解だ。
〝蓮の葉〟で手に入れた、納期場所ルートで攻落していっている。玉を持ち出して逃げた者もいるけど、全体数からするとそう大した量ではないとのことだ。
厄介なのはお金に群がっていたわけじゃない人たちだけど……これは予測がつかない。玉のレシピやら弁護人の知識やら、そこは誰から由来したものなのかわからないところが気持ち悪いままだ。でも現状のできることはやった。今回のミッションは終了だ。
手続きなどの細々したことが済んだら、みんなユオブリアに帰るという。
わたしはイザークと一足先に帰って、一刻も早く瘴気を取り除くことを勧められたけど、みんなと一緒がいいとお願いした。
だって外国なんて、言葉のわからないところに放り出されるのは怖すぎる。
瘴気を取り除いたら、わたしのことでわかっていることを教えてくれると約束している。そこまでは一緒にいられるみたいだ。
……その後、わたしはどうなってしまうのか心細い。
みんなユオブリアの人たちだから、わたしはフォルガードの孤児院に入れられるのかな? ミミたちと一緒のところに行けるといいけど。それより12歳ってことは2年後には孤児院を出なくちゃいけないはずだ。
ここ数日でわたしは怖がりになってしまった。
どうにでもなれと思っていたときは、ひとりで放っておかれる方がよかったのに、今はそばに誰もいないことがとても怖い。
でも、もふもふたちは一緒にいてくれそうだ。この子たちがいつもお腹いっぱいでいられるように、稼げるようにならなくちゃ。
フォルガードの組織は潰したのだからわたしの護衛はいらないと思うけど、しばらくは警戒した方がいいとのことで、変わらずガーシとシモーネがついてくれている。
「ガーシとシモーネは護衛とか戦士のお仕事で、お金をもらって暮らしているの?」
「まぁ、そうだけど。俺たちはフォンタナ一族だ。受ける依頼はフォンタナ家が受けたことになる。だから報酬はフォンタナ家から出ているぞ」
「そっか、そういうこともあるのか」
「なんでそんなことを聞くんだ?」
シモーネが軽く眉を寄せている。
「瘴気をとってもらったら、わたし孤児院に行くでしょう? 孤児院も14歳までだし。どうやって稼ぐか考えなくちゃと思って」
ガーシとシモーネは微妙な顔をしている。
ガーシがわたしの頭の上に手を置いた。
「トスカは何者になったとしても、自分のしたいことにちゃんと気づいて、それをやっていける」
断言してくれる。
「ユオブリアに行きたくないのは不安だからか?」
シモーネに聞かれる。
行きたくないのバレてる。
「みんなとお別れが近づくことだし。それに……言葉がわからないところに行くのは怖いよ」
「トスカ、君は……」
ガーシがシモーネの頭を叩いたので驚く。
本気入っていたので、シモーネ涙目だ。
「ガーシ、どうして急に?」
わたしは驚いて尋ねた。
「トスカいいんだ、私が悪い」
え?
ガーシではなくシモーネが答える。それも自分が悪いから叩かれて当然だと。
「トスカ、不安になると思うけど、俺たちを信じてくれないか?
トスカに話せてないことは多い。だから心配になるかもしれないけど。
不安なことは一緒に解決していくから。
だからこれからのことを、未来を、怖がらないで欲しい」
ガーシが真面目な顔だ。心から言ってくれてるのを感じて、わたしは頷いた。
「みんなのことは信頼してるよ。別れるのが嫌なぐらいにね。だから、先にユオブリアには行きたくなかったんだ」
ガーシにガバッと抱きしめられた。
苦しいと暴れようとして、ああ、でもこんなふうにしていられるのも、あとちょっとなんだよなと思うと、押し返せなかった。
そうして後2日後にユオブリアへ向かうという日。
わたしはアダムとフランツに連れ出された。
王都に来たのに全く外に出られなかったから、向こうにいく前にフォルガードの商店街を見たり、買い物をするといいんじゃないかという配慮だった。
アダムとフランツと一緒だから、ガーシとシモーネはお留守番。わたしはお土産を買ってくると約束した。
もふもふはお店に入っちゃいけないことが多い。どうしようかと思っていると、もふもふはぬいたちと同じように、小さなぬいぐるみになることができた。
すっごく可愛い!
そしていつももふもふが背負ってる、ぬいたちが入っているリュックを貸してくれた。伸び縮みする不思議なリュック。もふもふも、もふもふぬいたちも入れて、わたしは背負った。
馬車が止まって降りると、道路の両側はお店が立ち並んでいた。
高級そうなお店もあるけど、お菓子やちょっとした小物を売っているような店もある。
「トスカ!」
え?
振り向くと、ジン、エダ、マトン、ミミが手を振っていた。
ミミが走ってくる。わたしも走ってミミと手を合わせてからギュッと抱きついた。
「元気だった?」
聞かれてうんと頷く。
「怪我ないか?」
うんとジンに頷く。
後ろを見ると、フランツとアダムが優しい目でわたしたちを見ていた。




