第846話 潜入⑩瘴気と神力と聖力
『我からも』
もふもふが言い出して、アオが通訳。
『以前リディアが、家の地下の興味深い本を読んでいた』
「魔使いの本ですね。興味深いとは?」
フランツがもふもふを促す。
『ドワーフが書いたもので、魔石の扱い方という題名だった』
みんな相槌をうつ。
『その中に聖霊石の作り方なるページがあった』
「聖霊石?」
『聖霊石とは聖力を封じ込めることのできる魔石。元は神王と聖霊王がぶつかり合ったときに神王が作り出したものだったが、神でなくても作れるものだったようだ』
みんな息をのむ。
『500年以上生きたドラゴンの魔石を基盤にし、それを聖水に100と何十年か聖水につけ、神属性の攻撃を加え……』
誰かの喉がごくんと鳴った。
『瘴木の葉5枚』
「瘴木の葉ってグレナンが見つけたという、あの瘴木の葉ですか?」
『そうだ、恐らくな。シンシアダンジョンのアレもそうだろう』
みんな心当たりがあるようだ。
『瘴木から魔を得た魔石5つ。世界樹の葉1枚。火ドラゴンの鱗。それらがあれば、長い時間はかかるが聖霊石が作れるとあった。その本にはいろいろな魔石の作り方が書いてあった』
もふもふが長い息をつく。
『似通っていると思わぬか?』
「似ていますね。高位魔物の魔石が山のようにあった。そしてこれらは高位魔物の生き血に100年さらし、世界樹の葉にも漬け込んでいるとなると……」
ロサが深刻そうな声を出す。
「本にこの玉の作り方も載っているかも。では、父さまに」
『アレは魔力本だった。リディアの魔力が高いゆえに、本を開けたのだろう』
もふもふが言えば、フランツが悔しそうな顔をした。
「魔力が高ければ、その本を読めるのですか?」
アダムがもふもふに尋ねる。
『あの地下は、リディアの〝家族〟しか入れん』
わたしにチラッと視線が走る。なんだろう?
『この施設の頭のものを捕まえられなかったのだろう? ここと他の施設の連結はどうなっておった?』
もふもふの問いかけに、ロサとアダムが悔しそうな顔をする。
「1週間に一度、ここから魔石が各国にむけて送られています。ここは他の施設とは違い、密に連絡を取ったりしていないようです」
やはりここは魔石工場みたいな役割だったんだ。
『次の納める時に玉が送られなかったら、ここで何かしらのことがあったとわかるということだな?』
ロサが頷く。
『ひとつ、推測していることがある』
推測?
『玉になる魔石とするのに、高位魔物の生き血、そして世界樹の葉が必要とすると知り、思ったことだ。
聖霊石は魔石に耐久性をつけ、神力の割合が多いものだ。なぜなら、聖力を閉じ込めるものだから。
では、魔の法を閉じ込めるのなら?
我は神力と聖力、そして瘴気を同等に注げばいいと思う』
「……なるほど。今わかっているのが高位魔物の魔石を基盤として、高位魔物の生き血を100年注いでいた。それから世界樹の葉。……これはどっちだろう?」
ロサが親指の背を口に当てて考え込む。
『世界樹は〝安定〟だ。現世界につなぎとめておく理。だったら、魔石に魔法を込められるのを安定させるためじゃないか? 他の石造りにも世界樹の葉は使用していたのだろう?』
レオが頭のいいところを見せる。
世界樹は安定剤か、なるほど。
「魔物は瘴気、か。100年以上の瘴気。同等の聖力と神力はどうすれば……」
アダムも考え込む。
『神力は神属性の魔法でいいだろう。聖力は我が注ごう』
もふもふは聖なる方の遣い。だから聖力を使えるのか。
「それなんだが……。もしかしたら、ここの魔石は〝玉〟になっているかもしれない」
いまいち不安そうだけど、言葉を発したイザークをみんなが一斉に見た。
「どういうことだ?」
「オーラが変わったんだ。トスカが……ドラゴンを再生してから」
バッと今度はみんながわたしを見る。
「……そうか。光魔法は治癒、浄化だ。再生は規格外……あれは〝聖力〟ということか」
「試してみればわかる」
フランツが膝をついて、濁った水のプールから魔石を取り出す。
みんな息をのんだ。
得体のしれないものなのに、フランツがためらいなく手を突っ込んだからだろう。
フランツはどこふく風だ。
その魔石にフランツが魔法を注ぐと割れた。
「〝玉〟になってない」
「ここの魔石は、瘴気と聖力を入れた状態だ。まだ途中なんじゃないか?」
そう言って、アダムもプールに手を突っ込み魔石を引き上げる。
「神力はどうしたら……」
『どいて』
魔石からみんなを遠ざけ、クイが雷のようなものを魔石に落とした。
『天属性の魔法は神力となる』
もふもふの解説に、みんな顔を見合わせている。
「これで、瘴気、聖力、神力が加わった。そしてこれを世界樹の葉で安定させる」
世界樹の葉の樽を持ってきて、魔石を漬けてみる。
短い時では効果はわからないが。
5分ほど待ってから、その魔石にアダムが風魔法を入れた。
「入った!」
ところが3分後に魔石は割れた。
何かが足りないのだろう。
追加でやっていた魔石の実験で、世界樹の葉につける時間を伸ばしていくと、割れるまでの時間が長くなった。
本式ではない、仮のものは作れたようだった。
「でもこれを納期にのせて、後からその時ここにドラゴンがいなかったことがわかった場合、簡単に〝玉〟は作れるものって思わせてしまうんじゃない?」
わたしはそこが引っ掛かった。
「……だから余計に壊れるものがいいね。見せかけのものは作れるけど、今までのようなものは作れないんだ。そして普通ならそれらの材料は手に入らない。
瘴気と神力はなんとかなりそうだけど、聖力が入れられることはほぼない。それを今まではどうやって入れていたのか。何か代わりになるものがあるのだろうけど……」
イザークがプールに手を突っ込む。
「この水、……普通の水と違うかもしれない」
水が?




