第844話 潜入⑧再生
「君なら、ドラゴンを助けられる」
ゆっくりとフランツを見上げる。
「イザーク、トスカの魔力は戻っているね?」
フランツはイザークに確かめた。
「……ああ。8分目ってところだけど」
フランツがわたしに向き直る。
「君は光魔法の使い手だ」
「光魔法? わたしが? ……っていうか、なんでフランツがそんなこと知ってるの?」
「そのことはここを出てから話そう。君の光魔法でドラゴンを助けられる」
『手伝うから、マルシェドラゴンを助けて!』
レオがわたしの肩に乗ってきた。
あ。わたし、さっきいろいろ口走っていた。
レオはドラゴン、魔物なのに。
「レオ、さっきはごめん。わたし酷いこと言って」
『驚いたこともあったけど、長老たちは知っていることかもな。まだ知らされていないだけで。リ……トスカは悪くないよ。それより、きっとそのことを知って、君は傷ついていっぱい悩んでいたんだね。記憶を失うぐらい……』
それはわからないけど。
レオの優しい気持ちが伝わってくる。優しい。魔物も、優しい。
わたしはその想いにも応えたいと思った。
フランツに尋ねる。
「光魔法ってどうやったら使えるの?」
「……光魔法の使い方は知らないけれど、魔法は、身体の中に流れる魔力を感じながら願うんだ」
わたしは軽く頷く。
「レオ、マルシェドラゴンに翼はある?」
『ああ、ある』
魔力の流れを感じるってのがいまいちわからないけど、やってみないと始まらない。
欺瞞、傲慢、その通りだ。
もし元気にすることができたとして、攻撃されたら全力で闘うだろう。矛盾してる。わかってる。
でも、フランツが聞いてくれた。最初の気持ちはなんだって。
人族の醜悪さも、神さまのルールも、種族の違いもどうだっていい。
わたしは今、目の前のマルシェドラゴンに元気になってもらいたい。
空に羽ばたいて欲しい。
だから祈る。
神さまには祈らない。
自分の中の力に願う。
わたしの中に流れる魔力に願う。
お願い。マルシェドラゴンを助けて!
赤いドラゴン。
レオを大きくしたような、飛行恐竜型ドラゴンだろう。
翼を広げたら、きっと空に映える。
空を悠然と旋回するドラゴンを思い浮かべる。
100年もの間、痛い思いをしてきた。
誇り高きドラゴンが死を願うほどに。
もう一度、空を飛んで欲しい。
魔法を、それも光魔法を使えるのかわからないと思いながら、うまくいくんじゃないかという気がしていた。その根拠は謎だけど。
赤いドラゴンのことだけを思っていると、わたしとドラゴンに細い何かが繋がっているのが見えた。
ドラゴンは記憶をなくす前のわたしに〝加護〟を授けたと言った。
これが、その加護?
細いけど、赤いしなやかな繋がり。
いける。
確信に近くそう思う。
手を組んで祈る。
メキメキと形容し難い音が聞こえた。金属が地面に落ちたような音も。
目を開けると、赤いドラゴンの胸に突き刺さっていた剣が軒並み落ちていた。
傷の血が止まり、傷口が盛り上がり塞がっていく。
口の短剣も吹っ飛んでいく。目を突いていた短剣も。
でも、それだけじゃまだ足りない。
四肢の再生。
その時は、そんなことができるのかとか一切考えなかった。
ただ、ドラゴンに元の姿で空を満喫して欲しかった。
「再生した……」
ロサの茫然とした声。
ホント? 本当に再生できた?
『そこまでにしろ。顔が真っ青だ。魔力の枯渇だろう』
もふもふに止められたけど、首を左右に振る。
ここで時間を置いたら、そこまでになる気がする。
『私の魔力を使ってくれ』
レオの声。
レオのぬいぐるみばりの柔らかい手がわたしの頬に当てられる。
魔物だとか、そんなのはなんだっていい。
わたしは目の前のドラゴンが元の姿に戻って欲しいだけ。
わたしの中に何かが入ってくる。力強いレオの魔力なんだろう。
レオも祈っているから。
マルシェドラゴン頑張って。
レオの力で少しだけ、息がしやすくなった。
「足は再生したぞ」
アダムが教えてくれる。
レオが魔力をくれたのに、まだ足りない。
目が霞んでくる。
マルシェドラゴンが目を開いていた。
真っ黒の大きな目でわたしを見ているのを感じた。
『倒れるぞ、生命力を持っていかれる』
もふもふが叫ぶように言った。
「まだ終わってない」
「オイラの魔力を使うでち」
アオの柔らかいスポンジみたいな手も、わたしの頬を触る。
優しい気がわたしの中に入り込んでくる。
「右手、再生」
ロサの声。
『使っていいよ』
『使って』
『微力ながら』
アリとクイとベアの声。
元気のいい2つの気と、繊細な気。
「左手、再生」
あとは翼。
ぐらっとしたところを支えてくれたのは、多分フランツ。
「やり切って。支えるから」
うん、と頷く。
「イザーク、魔力を人に送ったことがあるか?」
早口のロサの問いかけに、イザークが答える。
「ない。それに人同士は危険かもしれない。特に君たちは〝神気〟を持つから、リ、トスカにはキツイはずだ。魔物とは大丈夫みたいだけど……」
『弱きものよ、もう良い。お前の方が倒れそうだ』
ぶちぶちと杭が吹っ飛んでいる。
滑らかに話せるようになってた。
でも、翼がないと飛べない。
帰る場所に行き着けない……。
だからもうちょっと。
『友よ、我の力を貸そう』
もふもふが、わたしのおでこに口を寄せる。
凄まじい気が入ってきた。でも眩い光のような気だけど痛くもなんともない。わたしにスッと馴染み、そして力が漲ってくる。
翼を。元の場所に帰り着き、そしてどこにでも自由にいける翼を!
メリメリとすごい音がした。
全ての杭が落ち、ドラゴンが一歩前に出た。
ドラゴンが咆哮をあげる。
壁の一部がボロボロと崩れ落ちる。
お願い!
翼を。ドラゴンが帰ることのできる翼を!
全ての魔力を持っていかれた。
もふもふからも、あんなにもらったのに。
急に力が抜け。後ろのフランツが抱きかかえてくれる。
「……翼、再生」
ロサが言い終わらないうちに、ドラゴンは大きな翼を広げた。
わたしを支えてくれてるフランツ。その横にはもふもふと、もふもふぬいたち。
その前にイザーク、そしてロサとアダム。最前線には、ガーシとシモーネ。
ドラゴンから攻撃があったら守ろうとしてくれている。




