第838話 潜入②銀色の扉
レオとアオが水の匂いがすると言った。
地下に水を貯めている?
また廊下。階段の方向もわたしたちが進んでいるのも、ずっと同じ方向だ。
ずいぶん一辺が長い長方形の施設なんじゃない?
左右には部屋があり、そこには壺が積み上げられていて、魔石がぎっしり詰まっていた。
高位魔物の魔石だそうだ。透明感のある物だ。
その時、急に楔でも打ち込まれたかのように、頭がガンと響いた。
それは痛みと同じだった。思わず頭を押さえる。
「トスカ?」
後ろのシモーネに小さく呼ばれる。
足を引っ張るわけにはいかない。無理やりついてきたのだ。
わたしはなんでもないように振り返る。
「なに?」
「大丈夫?」
「え、大丈夫だけど?」
「なら、いいけど」
進行方向に、上だけちょと丸みを帯びたドア。
そのドアを見た時に心臓が跳ねた。
ガーシが気配を探り、ドアを開ける。
また廊下だ。リノリウム張りの真っ白な廊下。
学校の廊下みたいってあの時も思った。
こっちにそんな素材があるのかと。
こっちに?
……わたし、ここに来たことがある。
右手が心臓のあたりの服を握りしめていた。
まるで研究棟みたいな、清潔で無機質な造り。
その先にある銀色の重厚な両開きの扉。それは……開けてはいけない扉。
『気配が探れないのは、その扉のせいだ』
もふもふの言葉をアオが通訳している。
イザークが何かを唱えて、扉をチェックした。
「扉自体に何かが仕掛けられているわけではないな」
「遮断扉なのかもしれないね」
フランツの言ったことは正しくて、少しドアを開けると、水が何かに当たって跳ね返るような音や、なんか低い音が聞こえてきて、そしてなんともいえない嫌な匂いがまとわりつく。
「みんな気をつけて。弱っているが、高位魔物のオーラだ」
イザークがみんなに注意を呼びかけた。
息があがってくる。
『トスカ、どうした?』
もふもふが首をひねり、後ろのわたしを見る。
「わたし、ここに来たことがある」
「え?」
「ここに?」
フランツとイザークが反応する。
話しながら、もふもふは歩みを進めた。
幾重にもなったカーテンがぶら下がっている。
カーテン地帯を抜け出すと、蓋のない樽が並んでいた。
中には魔石が葉っぱと一緒に水に漬け込まれている。
もっと奥から嫌な匂いがしている。
「なんだ、お前ら?」
現れた看守をガーシがのした。けれど、男の声が大きかったので、人がどんどん出てきて乱闘になった。それでも3人の敵ではなかった。
1、2……13人を倒し、ちょっと息があがっている。
ひとり倒れたふりをしていたようで、それはアリとクイが魔法をお見舞いしていた。
御使の弟子のもふもふぬいは、魔法が使えるんだ……。
「この鼻につく匂いは奥からだな」
看守たちを片付けると、そう言ってそのまま進もうとする。
そっちに行っちゃダメなのに。
「ん? こっちは濁っているけど、やっぱり魔石を漬けているみたいだ」
広い広いプール。
地下のだだっ広いプールに貯められた濁った水。
プールの下には、恐ろしいまでの量の魔石。
濁った色の水は絶えず流れてきているし、排水口から放出している。
「あちらから流しているようだな」
……わたしもそう思った。
でもそっちは行ってはいけないのだ。
見てはいけない。
怖いものがある。恐ろしいことが潜んでいる。
見てはいけない。
頭の中で何かを警告してくる。
「どうしたでち?」
『どうした?』
もふもふともふもふぬいたちは、わたしの異変に気づく。
「行っちゃだめ。そっちは怖いの」
『怖い?』
「だめ、見たらだめなの」
「リディアの様子が変でち!」
「それ以上進んじゃだめ。赤い……」
「トスカ?」
伸ばしてきたフランツの手を振り払う。
「やめて、だめ、見ちゃダメ!」
警告してから、わたしはブラックアウトした。
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「こんなところで隠れんぼか? ここに入り込んだのはわかっているんだ」
弁護士野郎の声が響く。
法廷で伸びやかに説いていた、説得力があり聞かなくちゃと言う気にさせる声。
こちら側に入り込んだことはわかっているけど、まだ見つかったわけじゃない。
だからあんな声がけをしているのだ……。
わたしの意識を飛ばした弁護士は、組織の一員だ。
手首に刻まれたバッカスの花のイラストが、それを証明していた。
奴はわたしが瘴気に弱いと知っていて、瘴気の玉を使い、わたしの意識を奪ったようだ。
気がつくと、わたしは簡素なベッドに寝かされていた。
白いノースリーブのワンピースを着ていて、あとは身ぐるみ剥がされていた。収納ポケットがあるから困らないけどね。
魔法は使えなかった。服以外身につけていないので、封じられているわけではないと思うけど、魔法が使えない部屋なのか、わたしに何か仕掛けられたのかはわからない。
薬草学の実習室みたい。
わたしで何か実験する気だったようだ。
幸い誰もいなかったので止められることもなく、そんなのごめんだと部屋から抜け出した。
靴がなくて裸足だから、足の裏が痛い。
靴を収納ポケットから呼び出そうとしたら、いなくなったことに気づかれたみたいで騒がしくなった。
ここで見つかると厄介だ。立ち止まることを諦め、急いで移動。
わたしは上側だけ丸い少しだけ可愛らしいドアを開けた。
おお、こりゃ前世の製薬会社の研究棟内って感じだね。
リノリウムみたいな床は凸凹がなく、足裏の痛みがマシになるので助かる。
警備の人がいて、巡回しているみたいだ。
その人たちから隠れるようにして、廊下の横にある部屋に入ったりしながら進む。
先には銀色の両開きの扉があった。
開けて中に入る。
カーテンが幾重にもぶら下がっていた。
なんじゃこれは。
カーテン地帯を抜けると樽の畑かってほど、蓋のされていない樽が並んでいた。
その隙間に隠れながら、もっといい隠れ場所はないかと探していく。
樽の中には魔石と見覚えのある葉がお水に浸かっていた。
この葉っぱ……学園の魔力回路を補強する時に使った、聖樹さまから託された葉に似ている気がする。もしそうだとしたらこれは世界樹の葉?
こんなにいっぱい?




