第837話 潜入①魔石のありか
「泣いちゃ嫌でち」
『捨てないぞ。ずっと一緒にいるぞ』
アオがわたしに向き直り、レオもアオの隣から身を乗り出して言う。
肩に乗っているアリとクイもわたしの顔を覗き込み、ベアはわたしに体を寄せる。
ちっちゃなもふもふたちが、慰めてくれてる。
「……トスカ」
フランツがわたしの頬に手を添え、親指で涙を拭き取る。
「置いていくわけじゃないよ。君のことが大事だから、安全なところにいて欲しいだけだ」
「トスカ、君が捨てられたというのは、組織の奴らが作り出した嘘だ。君は捨てられてなんかいない、拐われたんだ」
そう言われて気づく。わたしの怖かったことはそれだ。
わたしはまた捨てられることが怖かったんだ。
フランツがわたしを引き寄せ、おでこに唇を寄せた。
え?
「心の傷になっちゃったんだね。……その代償は必ず奴らに払わせるから」
フランツの声が暗く沈む。
手で口を塞がれた。
施設のドアがキーッという音とともに開く。
「ほら、なんにもいねーじゃんか」
「けどよ、音がしたんだ」
「この扉は音を通さねーぞ、音がしたなら、中からだったんじゃねーか?」
「搬入の時に獣でも入ったか?」
ドアが閉まり、わたしの口を塞いだ手も離れた。
「ここに残すと、なにかあったらと不安が残る。一緒に連れて行った方がいい」
イザークが声をひそめる。
フランツはため息をついた。
「そうだな。このまま遅れると、あちらの班に迷惑をかけるし。
トスカ、本当にもふもふと、もふもふ軍団と一緒にいるんだぞ。
ガーシ、シモーネ、いいな?」
チロリとガーシとシモーネに視線を送っている。
わたしは何度も頷いた。
「みんな、リ……トスカを頼む。守ってくれ、お願いだ」
フランツたちは、もふもふぬいたちのことも知ってたんだ。
アダムは自分の犬じゃないって言ったけど、知り合いだったんじゃないか。
『当たり前!』
『ひとつも傷をつけさせない』
『そのためにいるんだ』
『心配ありませんよ』
「みんな任せろって言ってるでち」
アオが通訳みたいな言い方をした。
「じゃあ、こっちから行くよ」
イザークが歩き出す。
もふもふは幾分か細身になり、でもわたしたちをのせたままだ。
『みんな我に乗ったままいろ』
わたしは頷く。
イザークの後をもふもふは追った。
割と大きく壁が破壊されていて、そこを出入り口にしたっぽい。
食料品の搬入員に化けて無事に中に入り、制圧班と魔石探し班に別れて行動。
イザークがお遣いさまとわたしの魔力のオーラを感じると告げ、フランツとふたりで中から出てきたようだ。
いくつかのドアがあり、部屋が立ち並んでいる。
そのひとつにそっと入る。
中は箱に埋め尽くされていて。それには全部魔石が入っている。
「魔石!」
わたしが小さい声で驚くと、イザークは首を横に振る。
「これは普通の魔石だ」
おお、イザーク便利!
「そっか。でも当たりだね。組織に必要なのは〝玉〟にできる魔石。にもかかわらず、普通の魔石がこれだけここにあるってことは、これをここで加工してるってことだ」
フランツとイザークが頷く。
『変な匂いがするな』
もふもふが眉を寄せている。
もふもふぬいたちが、お腹を壊したような顔をしている。
「どうしたの?」
『ここに入ったらなんか変な感じがする』
『ざわざわする』
『ゾワゾワする』
『不快な気がまとわりつくようです』
「おいらもここの空気なんか嫌でち」
「アオ、みんなはなんと言ってるんだ?」
ん?
フランツはみんなの言っていることを教えてと、アオに頼んだ。
アオはもふもふ、レオ、クイ、アリ、ベアの言ったことをフランツに教える。
「フランツはアオ以外の言葉が聞こえないの?」
フランツとイザークは顔を見合わせている。
「その件は後で話そう。私たちはアオ以外の言葉は聞こえない」
………………。
わたしが聞こえていることを〝おかしい〟と思っていない?
知っていたみたいだ。なんで知っているの?
フランツはキッパリそう言ってから、イザークと何かあるのは間違いないなと話し出した。
ミミが話していた見張りがいたところ。そちらが怪しいのでそこに向かうことにした。一階の搬入口とは反対の方向と言っていた。
ロサとアダムの班は最初に上にあがり、上から下へと制圧してくるそうだ。
わたしとシモーネともふもふぬいは、もふもふに乗ったまま。ガーシはもふもふから降りた。廊下を歩いていく。
フランツが腕を出して後続のわたしたちを止める。
そして口の前に指をたて、「しーっ」のポーズ。
イザークとガーシに向かって親指と人差し指、中指をパーにして残りを折って見せる。
イザークとガーシは頷く。
フランツはその手を振って合図をし、3秒後、いきなり走り出した。
ゴス、シュッ、トシンと微かな音がした。
中腰のフランツが手招きをする。
フランツが抱きかかえていたのは大男だ。看守のような格好をしていた。ポケットの多い深緑のベストのようなものを着ている。
見張りを、フランツがのしたようだ。
フランツは男を壁にもたせかける。次の曲がり角から男が歩いてきて、わたしたちを視界に認め声をあげようとした。イザークが男の口を塞ぎ、首に腕をかけて力を入れ、男はダランとなる。
もふもふの毛を強く掴んでしまったみたいだ。
「気を失わせただけだよ」
後ろのシモーネが教えてくれる。
そ、そうなんだ。
イザークは魔法士というから、体術はからっきしかと思いきや、できる人やん。
その奥でよほど見つかりたくないことをやっているのか、警備の見回りがひっきりなしだ。次から次へと来たが、ふたりは静かに気を失わせていく。
この廊下の左右にもいくつもの部屋があったけど、そこは個人の部屋のようだった。
その先には下へと続く階段がある。ずいぶん長細い施設だな。
一列になり、階段を降りた。




