第836話 置いてけぼり
コホンと喉を整える。
しまった、脱線してしまった。
「もふもふ、隠さないで。この子たちが話せるってことは、親分であるあなたも話せるのは当然よ」
素知らぬふりをする、もふもふ。
「お遣いさま、神の御使いなんでしょう?」
『我は神の遣いではない!』
しゃべった!
もふもふはハッとしている。
「それじゃあ誰の遣いなの?」
『……聖なる方だ』
「ああ、聖霊王の遣いなのね」
もふもふと、もふもふぬいたちに見られた。
「ねー、聖霊王のお遣いさま、お願い! わたしを〝蓮の葉〟に連れてって」
『主人さま、連れてってあげれば?』
『そうだよ、行こうよ』
小さい方のアリクイ、アリとクイが後押ししてくれる。
あれ、アリクイだからアリとクイなのかな?
「確かに置いてけぼり、かわいそうでち」
水色のペンギン、アオがションボリとしている。
置いてけぼりって言葉が、心にズンときた。
そうだ。わたしがむきになって、〝蓮の葉〟に行きたいと思った理由。それは置いていかれるのが嫌だったんだ。
背中を見せられると不安になる。
だって……離れてしまったら、本当に次また会えるか……。
「もふもふ。中には入らないから! みんなが出てきたらすぐ無事って確認したいの。近くにいたいだけだから」
『そーだよ、置いてけぼりひどい』
『フランツにはフランツの考えがあるのです。危ないところに連れて行きたくないのですよ』
大きめアリクイのベアが丁寧な口調で言った。
「それもわかるんだけど。わたし、置いて行かれるの、すっごく怖くて嫌みたい」
ぬいたちはぐりんと一斉にもふもふを見上げる。
『『『『主人さま!』』』』』
「もふさま、願いを叶えてあげるでち!」
アオはもふもふを〝もふさま〟と呼んだ。
「出世払いでお願い!」
『……出世払いとはなんだ?』
「大人になって働いたら、お礼にメーいっぱいごちそうする!」
もふもふは、渋々言った。
『……近くまでだぞ』
「ありがとう」
わたしはもふもふに抱きつく。
窓を開けろと顎で指示され、わたしは窓を開ける。
静謐な空気が流れ込んでくる。まだ地上が温められていないから、ムアっとした暑さがない。
もふもふが大きくなりながら窓枠に足をかける。
『乗れ』
わたしは椅子を壁につけて、そこからあがって、もふもふに乗り込む。
みんなもピョーンと乗ってきた。
「トスカ、入るぞ」
ガーシの声がして、ドアが開いた。
目を見開いたのはシモーネとガーシだ。
「お待ちください!」
ガーシが片膝をつく。
「トスカ、行かないでくれ」
ふたりとも、心からわたしを心配してくれている。
だけど……。
「ガーシ、ごめんなさい。施設の中には入らない。近くで見ているだけだから!」
「それでもし誰かが危ない目に遭っているのを見たらどうする? トスカは助けようとするだろう?」
唇を噛み締めていた。
もし見てしまったら、確かにじっとしていられないかもしれない。
わたしは足でまいといだ。助けられる力量がないことは百も承知。
だけど、何かしたくなってしまうだろう……。
「どうして安全なところで守られていてくれないんだ? そんなに難しいか?」
正論だけに、うなだれるしかできない。
「はぁー」
ガーシのすっごく重たいため息。
「でもそれでこそ、我らの姫。俺は護衛です。せめて、ご一緒させてください」
『……乗れ』
「トスカ、お遣いさまはなんと?」
?
もふもふはもう話せないふりはやめて、喋っているのに。
あれ、ガーシはもふもふの、頭に響いてくるような声が聞こえてないのかな?
もふもふぬいたちも、アオ以外は、声が頭に響いてくる感じだ。
「……乗れって」
ガーシは後ろのシモーネに合図をして、ふたりは後ろに乗り込んだ。
もふもふは、明け始めた空へと駆け出した。飛ぶんじゃなくて、空中も自由自在に走っている。
アリとクイはわたしの肩に乗り、アオはわたしのお腹に背を預ける。
ベアはわたしの横にぴったり。レオはわたしの膝の上に乗ったり、進行方向の前に行ったり。
なんかすっごい安心感があるなー。
わたしの後ろはシモーネ、そのまた後ろがガーシだろう。
『主人さまー、みんなのいるところ、わかるのかー?』
クイの問いかけにもふもふは答える。
『我でなくてもお前たちも探れよう。こんな明け方に大勢で動いているんだ』
『そっかー。誰って特定しなくても気配でいけるのか』
へー、もふもふぬいたちも気配を探れたりするんだ。
もふもふが聖なる御使いだとすると、もふもふぬいたちはなんなのかな? 御使いさまの弟子?
林ぐらいのこんもりした木の向こうに佇む建物。
鬱蒼とした茂みが、薄暗いのも手伝って、気味が悪く思える。
もふもふは、茂みの中で腰をおろした。
『ここなら見えるだろう。フランツたちが出てきたら教える』
「ありがとう」
わたしはもふもふの首に抱きついた。
『もう出てきたぞ』
え?
もう終わったのかな?
思った瞬間、目の前に、唐突にイザークとフランツが現れたように思えた。
「どうしてここに?」
フランツの声は低い。
めっちゃ怒ってる感じ。
「も、もう終わったの?」
「これからだ」
イザークが教えてくれる。
「お遣いさま、屋敷に戻ってください。ここは危険です」
フランツがもふもふに請う。ガーシとシモーネを一瞥してる。
「お願い、ここに居させて」
「トスカ、聞き分けてくれ」
小さな声なのに凄みがある。
「お願い、置いていかないで。背を向けないで。拾ったんなら、もう捨てないでよ」
言ってるうちに、ボロボロと涙がこぼれた。感情が昂ったというより、キーワードで条件反射のように泣けてきた。




