第834話 作戦会議<後編>
「3年の間にってことは、まだ、兆候があるってぐらいのことですか?」
質問にロサは軽く目を瞑る。
「〝未来視〟で得ている情報だ。そして〝どのように〟とははっきりしていない。
何故なら未来は行動により、絶えず変わっていくものだからだ。
今こうして私が話し、みんなが行動することにより、ユオブリアの攻撃される未来は少しずつ変わっていくことだろう。
けれど、大きな流れはなかなか変わらない」
「いつとは、はっきりわからないのですか?」
焦ったような声があがる。
「ああ、わからない。明日かもしれないし、3年後かもしれない」
「どこから攻撃を受けるんです?」
「国内は排除できたようだ。国外ということで、それ以上は狭められなかった。……けれど、この機に聖女が覚醒されたということは、ユオブリアを狙うのはカザエルが主体なのかもしれないと思っている」
重たく言ったロサの言葉で、ざわついていた部屋の中が静かになった。
なんか大変なことっぽい。
プリーズ、誰か説明、プリーズ!
わたしには意味がわからないんだけど。
未来視って、きっと未来が見える人がいるってことだよね?
ユオブリアは隣のツワイシプ大陸の大国。大陸の公共語の国な気がする。
そこの城下に瘴気があって、王さまがそれを抑えているっぽいね。
その王が倒されるぐらいの戦いが3年以内にあるってことで。
その相手が今のとこバッカスに潜むカザエルが関係してくるかもしれないって思ってるってこと?
想像があってるか確かめたい。けれど、深刻な雰囲気の中、手をあげるのも声をかけるのも場違いな気がした。
初歩的な質問したら、なんかわかってなさすぎなのが迷い込んでいるって思われそうな。
その通りなんだけどっ!
ロサはコホンと喉を整える。
「まだ何も確定したことではない。想像の域は出ていない。でも最悪なことが起こっても、できる限り対処できるよう最悪な想定をしているだけだ。けれど、全ては起こり得ることだと、心して欲しい」
ひとつひとつ言葉を選び、誠実に伝えるロサ。
すると事実は何ひとつ変わっていないのに、みんなほっとした表情になった。
わたしもみんなと同じだ。
わたしは特にわからないことだらけだけど、ロサは信じられると思える。
きっといいことだけではなく、悪いことも話してくれる人だ。
この人なら、信じてついていってもいいって思わせる人だ。
こういう人が味方にいるのはありがたいね。
「……もしカザエルの一派がいるのなら、この段階で収入源を潰せれば、ユオブリアを狙うものたちの手を減らせるってことだ」
アダムが言った。
あ。空気が変わった。ちょっと気持ちが浮上した。
わたしは反対のことを考えていた。
このバッカスを潰し、それで中にいたカザエルの人たちが怒り、ユオブリアを攻撃するのでは?と。でも頭のいい人はそういう考えではないみたいだ。
このバッカス潰し=収入源潰しがユオブリアが狙われる原因となる可能性はある。でも放って置いたっていつか狙われるかもしれないし。放っておくことは考えられないことなのだから、そこは迷うところではないのだろう。その先を見据えるだけ。うーむ、深い。
へー、それにしてもロサとアダムはいいコンビだ。
ふたりとも単体でトップを張れるだろうけど、ふたり揃うと無敵って感じ。
ロサが行く方向を定め、アダムが後押ししていく。
フランツは壁に背中を預け、成り行きを見守っている。
彼は率先して人を引っ張っていくタイプではないね。
縁の下の力持ちだ。表に出て賞賛されることを望まないのだろうし、誰に知られなくても、ことがうまくいけばそれで満足する人。
三人三様の良さがあり、補い合っている。
そこに専門職的なイザークが加わった。魔力の点から彼はこの作戦を切り込んでいくことが可能だ。
フォンタナの戦士たちは、一度信じると決めたらそれを覆すことはない。
圧倒的な力技と、剣技や、体術で突進していく。
きっとこのメンバー編成なら、〝蜘蛛の巣〟〝蓮の葉〟を攻落できるだろう。
休憩を挟んで、グループ編成が発表される。
〝蓮の葉〟の方が得体がしれない。
〝蜘蛛の巣〟は今まで潰してきたところと同じような成り立ちだと思われ、そっちはフォンタナの戦士に丸ごと任せると言った。
そのリーダーはキースさんだ。
キースさんはエトワールちゃんたちとも、他の〝巣〟を潰した経験がある。
戦った看守たちがひたすら力自慢のみだったそうだ。魔法やスキルを使われたことはなく、あんなにたくさん持っている、自前である魔法が込められた〝玉〟を使うこともなかった。
看守の中で上下関係はあるみたいだけど、結束力があるようには思えなかったという。〝巣〟はそういうところが多かったので、武力で制圧できると見込まれる。油断は禁物だけど、フォンタナのこの人数でなら難なくいける、と。
問題は〝葉〟の方だ。〝巣〟とは様子が違うので、柔軟に挑んでいくことが望まれる。
ロサ、アダム、フランツ、イザーク。わたし、もふもふ、ガーシ、シモーネ。フォンタナの戦士、ナミス、ハバル、トトで攻める。後方ではフォンタナの戦士たちが固める算段とした。
グループごとに別れてのミーティングだ。
明け方に奇襲をかける。
食糧の搬入の人たちと入れ替わって中に入る。そこはどちらのグループも同じ。
時間を合わせる。
搬入から朝食の配給まで、大体2時間くらい時間がある。
〝葉〟では、その間に中の人たちをどんどん制圧していく班と、〝玉〟を探す班が個々に活動することに。
制圧班は、ロサ、アダム、ナミス、ハバル、トト。
玉探し班が、フランツ、イザーク、わたし、もふもふ、ガーシ、シモーネ。
いくら2陣としてフォンタナ家を要請していて、外で待機させるといっても、人海戦術とは程遠い人数だ。違和感があった。
本日は早くに食事をとってすぐ就寝だ。深夜に起きて移動、明け方に襲撃。
起きて来られなかったら置いてくからなと、軽口を叩かれたのも気になった。
それからすぐに食事が用意される。
美味しくいただいたが、わたしにだけ、食後のキャラメルが用意されていた。
甘い匂いがして、すっごく食べたくなったけど、我慢だ。
なんとなく、食べるのを待ってる。そう感じた。
わたしは小皿からキャラメルをとって、口にいれるフリをした。
そして、もぐもぐ口を動かしてから、ごちそうさまとおやすみなさいの挨拶をし、部屋に引っ込んだ。
口にしなかったキャラメルは、雪砂糖と同じ包み紙に入れる。
深夜に行動とのことなので、襲撃の時の服に着替えて、それでベッドの中に入る。
「もふもふ、絶対、起こしてね」
わたしは横で寝そべる、もふもふにお願いをした。
もふもふは〝知らん〟と言いたげにそっぽを向く。
「もふもふ、言葉わかってるし、話せるでしょう?」
そういうと、もふもふの尻尾がピクッとした。
その時ドアの前に気配を感じて、わたしはわたしともふもふに毛布をかけ、眠っているフリをした。
小さなノックの後、ドアがそっと開く。
「大丈夫、寝ているよ」
部屋の中に入ってきてる。
なんか複数の人に覗き込まれている気がする。
「1日は起きない。大丈夫だ」
フランツが言った?
誰かの手がわたしの頭を撫でる。
「怒るだろうな」
アダムの声だ。
「それでも、彼女が危険に晒されるよりはいい」
「お遣いさま、彼女を頼みますよ」
ロサ? お遣いさまってもふもふのこと?
「おい、お前ら。寝ている女性の部屋に入るんじゃない。フランツ以外は許されないぞ」
少し離れたところからイザークの声がする。
遠のいていく足音。
「ガーシ、シモーネ、本当に頼むぞ」
閉まりかけのドアから、尻切れトンボに聞こえたフランツの請う声。
目を開けて、ちらりと見てやろうと思ったのに、わたしはそのまま眠ってしまったようだ。




