第832話 隠し通路
わたしたちが滞在していたお屋敷には秘密があった。
階段を下りると、地下部屋の隠し扉から、ちょっと離れた場所へと続く隠し通路があったのだ。
外側のお屋敷の警備はそのままに、中にいた人だけ移動。
わたしは初心者冒険者みたいな格好に着替えて、みんなと一緒に移動した。
どこかのレストランの裏の食糧庫みたいなところが出口だった。
レストランの表口の近くに止められた、粗末な馬車に乗り込む。
護衛のガーシとシモーネは長剣から短剣へと武器を変えたようだ。
そしてお揃いの戦士の服から、町人っぽい服に着替えていた。
ガーシはマッチョだからただの町人には見えないけれど、それが細マッチョのシモーネといると、専門職の親分と弟子に見えないこともなく、一般人に紛れられそうだ。
イザークは髪を上にあげてターバンで巻いている。
年齢にばらつきはあるけれど、そこまで目を引くことのない団体だろう。
揺れるたびにわたしは座席から飛び上がったので、ガーシがもふもふごと抱え込んでくれた。
馬車を3回乗り換え辿り着いたのは、ひっそりと佇むくらーい感じのお屋敷。こちらが新たな隠れ家なんだろう。
どの馬車も同じように揺れ、ガーシに抱えてもらったとはいえお尻が痛い。イザークと教会へ行った時の馬車と、乗り心地が天と地ほどの差だ。あんなに飛び跳ねていたのに、みんな普通の顔している。すごい。
ロサたちはもうついていて、わたしを見てほっとした表情を浮かべた。
「場所を知られているとは思わなかった。奴らは見つけたらすぐに踏み込むような短絡思考だと思ってたんだ。危険な目に合わせることになったかもしれない。配慮が足りなかった」
ロサが頭を下げてくる。
「やめてよ。ネックレスのことを話してなかったのはわたしだし。……わたしが巻き込んでいるんだよね、こっちがごめん」
「……その点はどちらにも非があるとして、ねー、トスカは半囮になるようなことをしたんだよ。そこを叱ってくれ」
イザークが訴えた。
「やだなー。囮じゃないよ。ただのデモストレーション。相手を油断させるための仕掛けをちょっとしただけだよ。それより」
イザークの訴え通りに怒られると長くなりそうなので、わたしは強引に話を変えた。
「あのネックレスを置いてきて本当に大丈夫なの? あのお屋敷はたまたま踏み込まれなかっただけだったら、大変なことにならない?」
「滅多に踏み込めないから大丈夫だ」
イザークは素っ気ない。
「はっきり言わないとトスカも不安だろう。王宮に置いてきたんだろう?」
アダムがなんでもないことのように言う。
「王宮? 王宮ってあの王宮?」
アダムがクスッと笑う。
「そう、多分、その王宮」
わたしはごくんと喉を鳴らす。
王宮って言ったら、王族がいるところ。フォルガードの一番偉い人たちがいるところだ。警備も厳しいはずだから、なるほど、襲撃などは出来なさそうだけど……。それは王宮に伝手があるってことよね?
王宮に伝手がある? それってもしかしなくても、とてつもなく身分が高いってことだよね? イザークが?
「イザークって身分が高いの?」
引きつりながら尋ねる。
イザークは頬杖をついたまま、わたしをちらりと見た。
「……たまたま、王子殿下と学友ってやつなだけだ」
「王子殿下と学友?」
王子さまと学友って、すごいことなんじゃない?
わたしの反応で、考えていることを察したようだ。
「……留学で来ていたから、学園に通っていればみんな〝ご学友〟だ」
「でもネックレスの保管を頼めるぐらいに親しいんでしょう?」
「……まぁ、そうとも言えるかもな」
「すごーい」
みんなが一気にわたしを見る。
「すごい?」
アダムが変な声をあげた。
「すごいじゃん。王子さまと知り合いなんて」
ロサがわたしに視線を定める。
「へぇー、王子さまと知り合いってすごいと思うの?」
「うん。へー、どんな人? キンキンキラキラの服を着てるの?」
ちょっとニヤニヤしていたロサが目を細めた。
「……トスカの思い描く王子さまってどんななの?」
「無駄にキラキラしてて。無駄にカッコ良くて。何をしてても、背景にバラを背負っているような人?」
アダムが吹き出した。
なぜか憮然とした表情だったロサも、たまらないというように笑い出した。
フランツも笑って、イザークも笑い出す。
そしてガーシやキースさんも吹き出していて、シモーネまで笑いを堪えているじゃないか。
「今度、〝王子殿下〟に会ってみるといい。会わせるよ」
「いいの?」
わたしはみんなの笑う理由が分からなくてムッとしていたが、ロサが王子さまに会わせてくれるというので、テンションがあがった。
蜘蛛の巣の塩梅はどうだったのかを聞くと、建物自体の警備が厳しくて中のことは窺えなかったそうだ。
ただ、物の搬入が多くあったので、その先を探った。
食糧だったり日用品だったりする中、ひとつだけ森の中にある広い敷地に戻っていく馬車があり。
恐らくそこが〝蓮の葉〟ではないかとアタリをつけている。
どっちもそれ以上、外から探ることは難しそうだし、同時に叩かないと、後の方は逃げられる危険性があると考えているようだ。
人海戦術でいくと、ロサは真面目な顔をした。




