第831話 姫
お屋敷に着くと、イザークはすぐに伝達魔法で、ロサたちに知らせたようだ。
今はこの屋敷にバッカスからの直接のアクションはないけど、わたしの胸にある魔力封じ玉は、居場所もわかるみたいだからね。
そのことと、老婆からメモを渡されたこと。それを信じたお芝居をしたこと。
それから聖女が覚醒したことなどを報告したようだ。
イザークは緊張していた。
わたしはここには踏み込んでこないと思っているが、イザークはその可能性を考えて、フォンタナ家の戦士たちに守りを固くするようお願いしていた。
それから屋敷中、魔法で探ったようだ。そのほかにこちらのことを探れるような怪しいものがないかを。
結果、わたしの持たされたもの以外、怪しいものはなかったようだ。
わたしが立ち寄ったところは、向こうにバレているということだからジンたちの居場所も移すよう指示したみたい。
返事がきた。ロサたちは〝蜘蛛の巣〟を偵察していたけれど、一度戻ってくるという。
こうなってくると、わたしがロサたちと〝蜘蛛の巣〟に向かわなかったのは本当によかった。だって、わたしの居場所がわかるわけだから、〝蜘蛛の巣〟に何かしようとしているってばれちゃってたもんな。
ロサたちはまた別の隠れ家に行っているという。
ロサたちと合流する前に検証をすることになった。
ネックレスを外して、それを離れたところに持っていく。
わたしの魔力が戻るか、それからネックレスによって居場所を探られているのか。そんなこと調べられるのかと思ったけれど、イザークは何か思いついているみたいだ。
わたしがネックレスを外すと、もふもふがそれを咥えた。
え。
イザークはもふもふをローブで包み、それを抱え込んだ。
ええ?
そしてフォンタナ家の人たちにわたしをしっかり守るように言って、シモーネとガーシの護衛を連れて、出て行った。
残った戦士みんなが、代わる代わる飲み物を持ってきてくれたり、食べ物を用意してくれたり、甲斐甲斐しく動いてくれる。
そしてなんか、わたしを直に呼ぶときは〝トスカ〟って名前を言うけど、そうじゃない時は〝姫〟って呼んでるんだよね。
姫って何? 隠語? トスカって名を出さないようにしているのかな?とも思ったけど……。
そういえばガーシも最初、わたしのことを姫って呼んだ。
ひょっとして、わたしってお姫さまだったりする?
そういえばそうよね。ただの組織被害者にこんなよくしてくれるもの?
もしかして、わたし、どこかのお姫さまなんじゃないの?
そこまで考えて、とても恥ずかしくなる。
やだ、お姫さまなんて。どこまで夢みているの、わたし。
ま、それはないとしても、わたしって重要人物だったりするんじゃない?
組織と反組織にとって。
それにしても、このクッキーおいしい。
中にクリームを挟んでいるのもいい。
あ、最後のひとつだった。
と思っていると、すぐに足してくれる。
「あ、わたしいっぱい一人で食べちゃったよ」
「いいんだ。いっぱい食べて、眠るんだ。そうしないと大きくならないぞ?」
みんなわたしが骨と皮だけだって言って、いっぱい食べさせようとする。ありがたいけど、ここから出た時に大食らいが癖になってると辛いと思うんだよなー。
わたしはクッキーを後で食べると取っておいてもらって、シメにルシオからもらった雪砂糖を口に入れた。
ふふふ、あまーい。
「魔力はどうだ? 戻った感じはするか?」
切れ長の目のキースさんから聞かれた。
わたしは逆に尋ねる。
「魔力があるってどんな感じ?」
キースさんは唸った。
そして、思いついたというように、パッと目を見開く。
「魔法が使えないかやってみるのはどうだ?」
「魔法を使ってみるってこと?」
彼は頷き、周りの戦士たちもそうだそうだと頷いた。
「試しに水を出してみたら?」
水を出す?
「水を? どうやって?」
わたしが尋ねると、水属性のやついないか?と呼びかけあい、小柄マッチョな人がわたしの前に来た。
「俺が魔法を出すときは、掌に意識を集中して手の上に水の玉ができるように思い描きます」
掌の上に集中したけれど、水の玉は現れず。
「それでは、そよ風を吹かせてみては?」
そよ風……。
目を瞑って、そよ風を思い浮かべたけれど、何も起こらなかった。
イザークは魔力がオーラとして見えるそうだから、戻ってきたら、わたしに魔力が戻ったかどうかわかるだろうと言われ、それまで待つことにした。
イザークが帰ってくるまで部屋で眠るのを勧められたけど、わたしはみんなのいる居間のソファーで寝ると言った。
驚かれたけど、ここはバッカスの奴らに知られている。中には入ってきていないけど。眠って起きたら違う場所だったら怖いからと胸の内を打ち明ければ、誰もここに入らせないから、寝て良いぞ、とみんなのいる部屋の中で眠った。
もふもふがいないとよく眠れなかった。
イザークたちが帰ってきて、魔力を見てもらう。
わずかだけど魔力が戻ってきているとのことだ。
やはりあのネックレスの魔石にGPSみたいな機能があったらしい。
いや、それを作った人だけはわかるってニュアンスだった。
ということで、ネックレスは絶対に人が踏み込めないところに保管してもらったそうだ。それから、毛布で包んだわたしらしきものも、秘密裏に運んでいるようにして渡してきたから、こちらの動きはもうバレないとのことだ。




