第827話 外出
水色の鳥がイザークの肩に止まり、イザークが手を出すとそれは封書になった。
「早いな、待ちきれなかったみたいだ。まさか、すでにフォルガードにいたとはな」
イザークは手紙を読んで、目を細めた。口の端を少しあげて。
「きれいな魔法……」
何度見ても、不思議できれいな魔法だ。
思わず呟くと、イザークはなぜか少しだけ目を大きくしてから、クスッと笑った。
イザークはわたしがルシオと会うことを承諾すると、指を擦り合わせて魔法の鳥を作りあげた。
〝伝達魔法〟のやり方は人によって違うみたいだけど、魔力で言葉か手紙が小鳥の形を取って飛んでいくのは同じらしい。
ロサたちが鳥を飛ばしたところも見たけど、何度見てもきれいだなーと思う。イザークは耳飾りに伝達魔法の魔具を仕込んでいるという。
「練習すれば、この魔具は誰でも使えるようになるよ」
魔力はあるというから、わたしも使えるようになるかもしれない。
ネックレスを返してもらったので、また首にぶら下げておく。
「ルシオは神官で、位が高いからフォルガードでも顔が知られている。そのルシオがこの屋敷に来ると目立つ。だから俺たちが教会に行く。いいかな?」
イザークに問われて、わたしは反射的に頷いた。
ガーシもシモーネもわたしの外出にいい顔をしなかったが、面の割れているルシオが動く方が、厄介ごとを呼び込む可能性の方が大きいとみて、しぶしぶ頷く。もちろんふたりはついて来てくれるようだ。
わたしは着替えさせられた。貴族が着るような〝お嬢さまドレス〟だ。こんなん着る必要あるの?
長い茶色の髪のウィッグもつける。帽子はヴェールがついているやつで、それで顔を隠すみたいだ。
わたしは〝お嬢さま〟の設定らしい。
教会にお布施をして、神官さまに一緒に祈りをしてもらう。
イザークがエスコートしてくれた。
ドレスはちょっとゆるいけど、着心地のいいものだった。
品よく可愛くてちょっとだけテンションが上がる。
髪が長いってのも新鮮でいい。
もふもふはやっぱり頭がいい。
もふもふはわたしにベッタリだ。ドレスは借り物。もし爪が繊細なレースに引っかかりでもしたらどうしようと思っていたんだけど、爪が引っかからないように考えているみたい。上手に甘えてくる。
お屋敷から出るのは、ここに来た時以来だ。
表通りから一本入った裏道だったと思うけど、人通りはなかなかあり、家から出ただけなのに、周りの人たちに一斉に見られた気がした。
階段を慎重におり、今度は馬車へと乗り込む。
ドレスが長いので足元が見えない。屋敷の中の階段ではドレスをたくし上げていたけれど、外ではまずいはず。どうやって馬車へのステップをクリアするべきかと思っていると、ガーシが抱き上げて椅子に座らせてくれた。
「あ、ありがと」
裾が長いからいけないんだ。
ガーシはわたしにちょこっと頭を下げ、馬車から降りる。
代わりにイザークが乗ってきた。
その後、もふもふが乗ってきて、わたしの隣にお座りする。
本当に賢い。教会は犬は入れないみたいだから、馬車の中でお留守番だというと、ワンと吠えた。
イザークは馬車の窓についたカーテンを全部閉めてしまう。
外が見えると思ったのに。
「窮屈に感じるかもしれないけれど、我慢してくれ。フランツ……たちから君を託されているわけだから、危険要素は全て排除したいんだ」
なんかひたすたわたしの安全のためで、こちらが申し訳ないぐらいだ。
しばらく走って、教会へと着いたようだ。
「部屋に行くまで、トスカは話さないようにしてくれ」
イザークに言われ、わたしは頷く。
先に降りた彼は振り返って、わたしの脇を持って、地上へとおろしてくれた。
なんか黄色い声が上がった。
何? と周りを見ると、教会の周りにいた人たちにバッチリ見られている。視線をこれでもかってほど受けている。なんで? どうして?
っていうか、なんでイザーク動じてないの?
イザークはわたしの手をとり、自分の腕に絡ませ、ガーシとシモーネの護衛が馬から降りるのを待ってから、歩き出した。
教会を見たことがあるのか、王都の教会なのにずいぶんこじんまりしていると思った。
背の高い神官さまが近寄ってくる。
わたしたちの前で軽く頭を下げ、胸で十字を切ってから
「御用向はなんでございましょう?」
と丁寧に話しかけられた。
「令嬢のご学友が体調を崩されており、祈らせていただきたいとのことです」
イザークは意味ありげに、胸を軽く押さえるような仕草をした。
後で聞いたところ、お布施しますって合図らしい。
「なんとお優しい。神はお嬢さまの優しさに応え、ご学友もすぐによくなられることでしょう」
えええええ?
何言ってんの? 具合悪いからって教会に来ても、何も変わらないものじゃない? 調子が悪いなら病院だろ。
って、ヴェール付きの帽子でよかった。思いっきり顔しかめていたもの。
「こちらへどうぞ」
背の高い神官について歩く。
「護衛の方は、こちらでお待ちください」
剣を預ければついていってもいいかのやりとりがあったけれど、ダメと言われ、イザークとふたりでそこから進むことになった。
小部屋に通された。
「こちらでお待ちください」
わたしは椅子に座らせてもらい、イザークはその横で立っている。
品のいいノックの後に現れたのは、イザークたちと同年代の、可憐な神官さまだった。
癖のない金髪は顎のラインで切りそろえているけど、横を一部だけ長くしてそれを三つ編みしている。独特な髪型だった。
わたしを見て口元を綻ばせる。
「私は第3の位についております、神の使徒名をカミロと申します。今日はお嬢さまのお祈りを担当させていただきます。
近頃ネズミが出るという話も聞きますので、念のため、こちらを置かせていただきます」
神官さまはそう言って、テーブルの上に拳サイズの石のようなものを置いた。
「こちらは盗聴防止の魔具です。大きな声で話しますと、扉の外で聞き耳を立てているものに届くことがありますのでお気をつけください」
そう言って、手をパーの形でわたしの前に突き出す。
割と大きめの声で続ける。
「お嬢さま、神への祈りの時は帽子をお取りください」
あ、と頭に手をやると、再び神官さまは手を突き出す。
あ、待てっていうボディーランゲージ?




