第824話 大好き<後編>
「仲間のイザークという魔法士だ」
「魔法士……?」
「彼は特殊な能力があって、魔力をオーラで見ることができる」
「魔力をオーラで?」
ロサは頷いた。
うわーなんかすごい。オーラってどんなふうに見えるんだろう。
「イザークに君のオーラを見てもらってほしいんだ」
わたしは瞬きをした。
「わたし魔力ないよ? あ、誰でも少しはあるんだっけ? ……でも魔力のオーラを見てもらってどうするの? 何の意味が?」
ロサは少し言葉を溜める。
「……君の記憶がとんでいるのは、自然になったものなのか、それとも特別なスキルで施されたものか、それとも瘴気で何かされたとか、それを突き止めたい」
「オーラでそんなことまでわかるの?」
「わかるかどうか、わからないんだけど、試させてほしい」
アダムが真剣な顔で言った。
「……なんで、それを知りたいの?」
「君も看守が言っていた魔力があったのか知りたがっていたよね?」
若干話を逸らされた気がする。
「……わたしが知りたいなら、わたしのことだから当たり前だと思うけど。
どうして記憶をなくしたか、それが知りたいのはなぜ?」
「君は知りたくないの? どうやって記憶をなくしたか」
「どうして記憶をなくしたかを知っても、記憶が戻るとはイコールではないでしょ?」
「ごめん、イコールって?」
「え? イコールって〝は〟?」
「わ?」
「えっと同じってこと。同等?」
わたしは紙テーブルの上にあった紙の端に〝1+1=2〟と書き、イコールの部分に丸をつけた。
「これのことだよ、知らない?」
「いや、記号は知っているけど。なるほどね。この〝+〟は足すことの〝和〟って意味?」
「そうだけど」
「この記号はなんていうの? イコールみたいな言い方は? 〝足す〟や〝和〟で一緒?」
「それは〝プラス〟……」
わたしの中に風が巻き起こった。
「トスカ!」
「トスカどうした?」
「トスカーーーーー!」
ワン!
気がついたら、皆がわたしの名前を口々に呼んでいて、心配そうに覗き込まれていた。
胸の中で巻き起こった風は、わたしの隅々まで渡っていった気がした。自分の中で何が起こったかわからなくてフリーズしていたみたいだ。
「なんでもない。ただ体の中を風が吹き抜けていったみたいになって……」
「……体が覚えていた言葉なのかもしれないね」
アダムがにこりと笑った。
「さっきの話の続きだけど、記憶の取り戻し方っていうのがあるわけではない。でも自然にか、スキルのようなものか、それとも瘴気で何かあったかで、対処法が違うんだ。……記憶を取り戻せなくてもいいって言ってたけど、今も変わらない?」
わたしはなんとなく頷く。
「そうか。でも対処法は知っておいた方がいい。もし瘴気で記憶が消されたのだとしたら、瘴気の専門家に診せるべきで。思い出さなくてもいいけれど、瘴気を中に持っていると危険かもしれないんだ」
「……危険?」
わたしは膝の上のもふもふをギュッと寄せる。
「僕も瘴気には詳しくないからなんとも言えないんだけど、〝危険〟だけは取り除くべきだ」
「なんでそこまでしてくれるの?」
ただの組織の被害者?の子供に。
フランツが椅子から立ち上がり、わたしの前にきて屈んだ。
「君と会って、一緒に旅してきた」
その通りなのでわたしは頷く。
「その間に君のことが大好きになった。好きな人にはいつだって、楽しく、憂いごとなく、元気に過ごしてほしい。そのためなら、なんでもしたいと思う」
フランツは振り返るように後ろに目をやり、話を続けた。
「私たちは、君のためになんでもしたいんだ。記憶を取り戻す、戻さないは問わないけど、君にとって危険なものが君の中にあるのなら排除したい。
だからまずはイザークにオーラを見てもらってほしい」
「……魔力がなくて、何もできない子供を。世話になりっぱなしなだけなのに、好きになってくれたの?」
心細さがそのまま声に出た問いかけだった。
ロサもアダムも立ち上がって、わたしの前にくる。
「何もできないなんて……君は勇気があってとても優しいと僕は思う」
アダムが言った。
「それに賢い。情がある。だから組織からみんなで抜け出せた」
ロサが温かく微笑む。
「好奇心が旺盛で、考え方が斬新で宝箱みたいだ。次は何が飛び出してくるんだろうって、君といるとワクワクする」
フランツに頭を撫でられる。
わたしが立ち上がろうとすると、その前に察知してもふもふは飛び降りた。
言葉にできない気持ちを込めて、わたしはフランツに抱きついた。
次にロサに抱きついて、アダムにも抱きついた。
「ありがとう。わたしもみんな大好き」
言う時少し恥ずかしかったが、わたしは気持ちをどうしても伝えたくなった。
ひとつだけ、取り戻せたものがある。それが〝好き〟の気持ちだ。
ふわふわしてあったっかくて、だけど、すぐに不安も引き寄せる感情。
記憶をなくす前のわたしは、誰かを好きになったりしていたのかな?
好きなものがちゃんとあったかな?
……嫌いなものばかりだったらどうしよう。
ちらりとそんな考えも浮かぶけど、考えを改めたくなっていた。
記憶を思い出してもいいかもしれない。
思い出したことで、自分や今までに絶望するかもしれないけど、……きっとこの人たちは変わらずにわたしを受け止めてくれる気がする。
そうなのだとしたら、わたし怖くない。
わたしもみんなを大好きだから、みんなのために何かしたい。
拐われた子を取り返したいんだよね?
もしかしたら失くした記憶に、何かヒントになることがあるかもしれない。
わたしの失くした記憶が役にたつかもしれないなら、思い出したいな。
わたしはみんなの顔を見ながら、そんなふうに思っていた。




