第821話 笑うことを忘れた少女⑳恩返し
方向転換を試みていると、そこに影がさした。
鳥の影? いや、鳥よりずっと大きい〝何か〟な気がする。
危険を察知すると吠えるはずのもふもふが、ただ上を見上げているので、わたしも空を見た。
え? 人? 真っ白の翼のある、人?
天使?と思わなかったのは、人型の容姿の部分が凹凸がはっきりしていて。つまり女性はボン・キュッ・ボン、で、男性は上半身は見事な逆三角形、絶対腹筋も6つに割れてるボディーのセクシーな男女たちだったからだ。
わたしのイメージの天使は色っぽくないらしい。
褐色の肌に、ドレッドヘアってやつだ。
ロサとアダムがわたしたちの前へと、馬に乗ったまま移動してきた。
降り立ったその人たちは羽をたたみ、すると翼は見えなくなった。
その人たちがわたしに向かって頭を下げた。
え? あれ、わたしじゃなくてもふもふに?
すぐに頭を上げる。
後ろから、色っぽい女性と、少し頼りなげに見える男性が進み出た。
「空から見えたのです。お困りに見えたので、おりてまいりました……」
「向こう側に渡りたいのではありませんか?」
色っぽい女性はわたしを見て、優しい声で言った。
わたしはどう答えていいかわからず、おろおろした。
「……その通りだが」
ロサが代わりに答える。
「我らが運んでやろう」
え?
人はなぜ、ただ素直にありがとうと思えないんだろう。
まずどうして?と思ってしまった。
それはわたしだけではなかったようだ。
「どのように? それから、どうして助けてくれる?」
わたしに問いかけた女性が、一瞬悲しそうな顔をした。
頼りなさげな人も、言葉を探している感じ。
ひとりが進み出てきた。運んでやろうと言った人だ。
「ポポ族は恩を忘れない。そこの者たちに、我らの同輩が世話になったと聞いた。だから我々はお前たちを助ける」
フランツが咳払いをした。
「……フランツ、心当たりが?」
「すまない、ある」
え、あるの?
フランツの知り合いってこと?
気弱な人が顔を上げた。
「エトワールさまに、お嬢さまのことを尋ねました。詳しくは教えていただけませんでしたが、なにやら複雑で、苦労されているような話ぶりでしたので、何か手伝えることがあればと思っておりました。
こちらの大陸には同胞を訪ねてまいりました。空を散歩しておりましたら、皆さまが見えまして……ご無事でほっとしました」
エトワールってあの新聞に出てた子供のことだ。
ああ、そうか。彼女のお姉さんは拐われているんだものね。
バッカスのことを暴いて子供を助けたそうだから、そうやって他にも誰かのために何かをしていたのかもしれない。それで、このポポ族のことも助けたことがあるのかもね。
フランツがエトワールって子の仲間だと知っているから、そのポポ族に、わたしたちは手を差し伸べられている。
「秘術ゆえ目をつぶって欲しい」
一番体の大きな、いかつい人が言った。
馬は目を瞑らないと思うけど、いいのかな?
そんな思いがちらりとよぎったけど、わたしは大人しく目を閉じた。
少しして、もういいぞと声がした。
目を開けると。
嘘、動いた感じは全くなかったのに!
谷を渡っていた。わたしたちがいたのは向こうの山だ。
「あ、ありがとう」
わたしたちは個々にお礼を言った。
いかつい人はにこりともしなかったが言った。
「先に世話になったのは我らだ。気をつけて行け」
降り立った時と同じように、唐突に跳び立っていった。
さっきの色っぽいお姉さんはわたしに手を振ってくれたので、わたしも手を振ってみた。
「……迂回せずに済んだな。ここを降りれば、すぐにフォルガードだ」
ロサが嬉しそうに言う。
「どうやって移動したんだろう? ガーシ、動いたのわかった?」
「いや、なにもわからなかった」
後ろに体を捻って聞いてみたけれど、ガーシもわからなかったみたい。驚きだ。
秘術ってどんなのだったんだろう? すっごく気になる。
山から山を渡ったけれど、フォルガード側の山にきただけだ。
やっぱり急勾配を下りることになるのか。
そりゃそうだよね、登ったら、下りることになる。それは鉄則だ。
山の中腹あたりで、野宿することにしたようだ。
まだ陽が落ちるまで時間はあるけど、わたしがヘロヘロになっていたので、休みをとってくれたのかもしれない。
3人は狩りに行くと言って、わたしは馬のブラッシングを任された。
わたしは感謝を込めてお馬さんたちの世話をした。
ちょうどよく、低いところで二股に分かれている木があったので、そこまでお馬さんに来てもらい、わたしは二股のところに登って、お馬さんのブラッシングをした。
最後にそのブラシでもふもふをブラッシングしてあげた。
気持ちよさそうにしている。
とても穏やかな時間だ。
ガーシが火の調子を見ながら、腰の短剣に手を伸ばしたので、緊張した。
けれど、茂みをがさがささせて出てきたのは、狐だった!
尻尾が太いからか、けっこうな大きさに思える。
え? もう1匹、2匹、3匹??
兄弟?
ええええええっ?
一家総出? いや、親戚一同だね。
30匹はいるんじゃない?
のそのそ近づいてきて、わたしの前に何かを置いた。
果物? 果物? ネズミ? 魚?? 果物? 木の実? 蛇??????
な、なんで?
狐たちはお供えでもするように、わたしの前に獲物を置いて、そしてまた茂みの中へと帰っていってしまった。
「な、な、何?」
ガーシも、もふもふも、この珍事を驚いてないよね?
「ハハ、トスカは動物にモテるな。貢ぎ物じゃねーか? もらっといけばいい」
貢ぎ物って……。
「こりゃ、七色蛇じゃねーか。スッゲー高値がつくぞ」
え、この蛇が?
ネズミと蛇は勘弁と思ったけど……。
フランツの収納袋に入れてもらえないか頼んでみよう。街で売る!
わたしは高値がつくと聞いて、ゲンキンにも〝お蛇さま〟と思った。
わたしは立ち上がり、茂みに向かって大きな声でお礼を言う。
「ありがとう。いただくね!」




