第820話 笑うことを忘れた少女⑲それぞれの優しさ
フランツの作ってくれた野外料理はおいしかった。
わたしが気に入っているからだろう、収納袋からおにぎりも出してくれて。
青菜を混ぜ込んだものや、肉味噌が中に仕込んであるもの。
どれもそれぞれおいしい!
わたしは3つもいただいて、お腹がいっぱいだ。
火の番を立て、交代で眠る。〝見張り〟と言わないのは、わたしを気遣ってくれているんだと思う。
わたしは体力がないので免除とのことだ。
〝被害者の子供扱いしない〟と言っていたけど、めちゃくちゃ優遇されているし、気を使ってもらっている。
その優しさに包まれ、もふもふに抱きついて、いの一番に寝てしまった。
朝、目が覚めると、フランツがスープを作っているところだったので、手伝った。
メニューは、スープに茹で卵と、炙り肉だ。
もふもふにはお肉山盛りが用意されていた。
大きなお皿に山積みになっていたのが、あっという間に空になる。
昨日の夜もいっぱい食べていたけど、不規則だったからだと思ってた。
夜あんなに食べたのに、朝もこんなに食べられるんだ……。
「もふもふ、そんなに食べられるんだね。それじゃあ、今まで足りなかったでしょう? ごめんね」
もふもふのご飯代、頑張って稼がないとだ。
最初からわかっていたけれど、3人もガーシもとてもいい人だった。
前から知っている人みたいに、何を思っているかわかる時がある。気を配ってもらっていることも手伝って、5人の旅はとても楽で快適だった。
街に入って宿屋に泊まるより、野宿の方が楽しい。
森の中に入ると、もふもふは獲物を見つけ、それをみんなで仕留める。わたしもちょっとだけ貢献している。
そのお肉はご飯にもなるし、多く取れたものは、街に行った時に売った。もふもふが見つけたものということで、そのお肉のお金や、素材として買ってもらえた代金はわたしが貰えた。
もふもふはとてもしっかりしているから、自分の食い扶持は自分でなんとかできそうだけど、街に長くいたらお肉はとれない。そんな時は買わなくちゃいけないから、お金を貰えるのはとてもありがたかった。
休憩中にもふもふを撫でる。
ガーシは川で足を洗っている。今日は少し涼しいのに。冷たくないのかな?
馬に水をやっていたロサが、こちらに歩いてきた。
「トスカ、君はもう少し人に頼ればいいのに」
?
馬も乗せてもらっているし、なんだかんだかかるお金は、今まで全部出してもらっている。
「……十分頼ってるよ?」
わたしが答えると、ロサは静かに笑う。
笑う要素あった?
「あ、ごめんごめん。君がそう答えるだろうと思っていたら、そのままのことを言うから」
「ロサもか」
「え?」
「わたしも、みんなの言いそうなことがわかる時があるんだ。前から知ってる人みたいにさ」
「……そうなの? それは嬉しいなぁ」
なぜだかロサは、本当に嬉しそうにした。
「情報料、やっぱりもらい過ぎな気がするんだけど、よかったの?」
「なかなか得ることのできない情報だよ。相応のものだ。それにしても……」
ロサは再びクスッと笑う。
「なに?」
「いや、ね。君が情報料が多いんじゃないかと、きっと気にするって言ってたから、さすがと思ってね」
え、わたしが気にするって、わかってたってこと?
「それにね、君は食事をする時に代金を出そうとするだろうし、収入がないわけだからきっと困ると、情報料を早く渡そうって言われたんだ」
わたしは驚いてロサを見上げた。
「そうだったんだ。……実際、とても助かる」
「君のこと、私以上に本当によくわかるんだな、フランツは」
「フランツが?」
「? ああ」
フランツが、そう言ってくれたんだ……。
そんな気配りをするのはアダムかな?と思ったから意外だ。
フランツもいい人なのは確かだけど、いつもこう、睨まれている感じでさ。
睨んでなかったのかな? 嫌われてはないと思うけど、フランツはきっちりした人だから、わたしの大雑把なところがカンに触るのかなと思っていた。
それでわたしのやることなすことチェックしていて、冷たい目で見ているのかと。でも、そっか。フランツが言ってくれたんだ。
必要経費からと、いつも食事代なんかもロサたちが払ってくれている。
もらった情報料のおかげで、いざという時に支払えると思うから平然としていられるわけで。一文無しでただただご馳走になっていたら、毎日がいたたまれないと思う。
そんなわたしの気持ちまで汲んでくれてたんだ……。
「トスカ」
フランツのことを考えていた時に、本人に呼びかけられどきっとする。
目の前に突き出されたのは、カーディガン?
思わず受け取ってしまったけど。驚くほど上等な素材のものだ。薄いレモンイエローで、お花の刺繍がついている。
「今日は少し涼しいから着て。私の家族のものだ」
「え、いいの? ずいぶん上等なものだけど」
「ああ。風邪ひかないように、気をつけて」
「ありがとう」
実は今日は風が冷たいなと思っていたんだ。
でもローブに包まるのは暑くなりすぎそうだしと、躊躇っていた。
カーディガンに袖を通すとピッタリサイズだ。
それを見て満足そうに頷き、背を向ける。
……みんな違った優しさを持っている。
わたしはこの出会いを、少しばかり神さまに感謝した。
襲撃に遭うこともなく、順調にフォルガードに近づいていた。
この山を越えれば!
勾配のあるところを馬に乗って登っていくのは、けっこう怖い。どうしても力が入ってしまい、それがガーシにも伝わりやりにくそうだし、お馬さんもそんなわたしに反応している。もふもふだけは、あくびして寛いでいるけど。
先頭を走っていたアダムが馬を止めた。
「迂回するしかなさそうだ」
後ろのわたしたちに告げる。
ん?
うわっ。
吊り橋が真ん中らへんで、切れて落ちていた。
はるか下には川が流れている。
なんてことだ。
うわっ、迂回ってどこまで戻るんだろう?
登りも怖いのに、またこの急勾配を下りるの?
迂回といっても山を超えるのは変わらないだろうから、また急勾配を登るんだろうな。
大変なのはお馬さんと、ガーシだけど。
乗せてもらっているだけのわたしだけど、これには脱力してげんなりした。




