第817話 笑うことを忘れた少女⑯追手
行きの間眠ってしまったからか、帰りは目が冴えていた。
だから後ろのガーシが緊張したのがわかったし、戦士の人たちが視線で何か伝えあっているのに気づいた。
「気づいちまったか?」
わたしにだけ聞こえるようにガーシが言った。
「ガーシが緊張したことだけ、ね」
「つけられている。ここで仕掛けてこないということは、拠点を探りまとめて襲撃される危険性がある。だから先ほどとは違う隠れ家へ行く」
「わかった」
「信じてくれるのか?」
?
あ、そっか。攻撃されたわけではない。見えない敵がいるとガーシの口から聞いているだけ。
本当かどうかわからない情報だけに、先ほどと違うところに連れて行かれるのは、ガーシを信じられなければ怖いことだ。
わたしたちを連れ去ろうとしているのかもしれないのだから。
……でも。
「命に替えても守るって言ってくれた人だから信じるよ」
そう言うと、後ろのガーシはピクッとした。
「……二度と、危険な目にはあわせない」
ガーシの真剣な声だ。二度となんて、前にも危険な目にあったような言い方だ。
空気まで緊張している気がする。
そ、そんな切羽詰まっている危険な状態なの?
「他の子たちは疑うかもしれない。小屋に入ったら、説得してくれるか? すぐにフランツさ……たちに伝達魔法で知らせるから」
わかったと頷く。
さっきとは違う方向の街外れの、小さな小屋みたいなところについた。
小屋の後ろに馬を連れて行き、そこで下ろされた。
そして小屋に入る。
「さっきと違う家」
ミミがわたしの腕をつかんで、不安そうな声を出した。
ジンたちも眉が寄っている。
「誰かからの視線を感じたんだって。アジトをばらさないために、ダミーの家に来た」
「ダミーって?」
「えっと……この場合、替えの家?」
ガーシが手に持っていた何かを操作すると、水色の鳥が何もないところから生まれて飛んでいった。ひょっとしてこれが伝達魔法とかいうものかな?
きれいな魔法だ。
「みんな、今向こうに連絡を入れた。ただ、何があるかわからないから、すぐに逃げられるようにしておいてくれ」
そう言われて、わたしたちは緊張した。
ワンワン!
もふもふが鋭く吠える。
「みんな逃げるぞ。馬に乗れ」
ガーシが言葉少なく言った。
「敵を撒くのにみんなバラバラになる。けれど、後で必ず会えるから、俺たちを信じてくれ」
わたしたちが頷くと、マッチョなフォンタナの戦士たちは、わたしたちを軽々と抱き上げた。
そして裏口からそっと出て、みんな馬に乗り込む。
みんなもう出てきているのに、小屋の裏口が開いた。
細身の陰険な目をした男だった。
「いた! 逃げるぞ」
男は小屋の仲間に呼びかけてる。
手綱をとったフォンタナの戦士たちは、それぞれ馬を走らせた。
進行方向がバラバラだ。
ミミと目があった。
泣きそうな顔をしていたから、わたしは力強く頷いて見せた。
馬は走る。角を曲がって、曲がり、曲がり、街を駆け抜ける。
「街から出る。落ち合う場所は決まっているから」
ガーシはわたしにそう告げて、さらにスピードを出した。
街から出て撒いたか?と思った時、ビュンと風をきる音がして、先の木の幹に矢が突き刺さった。
「怖かったら目を瞑ってろ」
馬はすごい速さで走る。
追手が2頭か3頭いる。後ろは見ることができないけど、馬の足音に追い立てられている。
行く先が直線。後ろから矢を射られたらアウトだ。
その時後ろで派手な音がした。
光っているのがわかる。魔法?
「おわーーーっ」
叫び声が聞こえ、ガーシがスピードを緩めた。
後ろから追い上げて、並走してきたのはロサだ。
「怪我はないか?」
「大丈夫です」
「このまま次の街まで行こう」
後ろの様子を見ようとしたけれど、ガーシに邪魔された。
「ロサが魔法でやっつけたの?」
気になって尋ねる。
「いいや、アダムとフランツが片付けたよ」
アダムとフランツもいるみたいだ。姿は見えないけど。
「トスカ、暑いけれど、これを被ってくれ」
ロサがガーシに何かを投げる。ローブみたいな布だった。薄手だけど、それにくるまるということは暑いなと思ってげんなりしてしまう。
けれど、これは決まりではないだろうか。
子供たちを乗せた戦士たちはバラバラに逃げた。
複数の追手がわたしについた。
そして追ってきたロサたち3人が、わたしとガーシの馬のフォローに来た。
……追手の狙いはわたしだった?
上層部の看守が下層の看守に言ってた。
わたしを逃したり、売っていたら、お前の首は飛んだと。
独房に入れられていた。それに魔力もないのに、わたしには何かしらの価値があるってこと?
それも組織にとって……。
親が実はすごい実力者だったりして? それでわたしを人質に?
わたしを捨てたのに? だよな。人質になんかなり得ない。
それじゃあ、なぜ?
並走しているロサの横顔を盗み見る。
彼らは言わないけれど、実はその理由を知っているんじゃないかと、わたしは思った。
途中で二度ほど休憩を入れたけれど、次の〝隠れ家〟についたのは夜遅くだった。他の子たちはまだ到着していなくて、わたしはもふもふに抱きついて、いつしか眠ってしまった。




