第816話 笑うことを忘れた少女⑮命に替えても
「〝アリの巣〟にいたのなら、奴らが危険な者だと知っているよね? 酷い目にもあってた。それなのに、そんな奴らと戦いたいって思えるの?」
アダムにじっと見られる。
確かに短剣は扱えるけど、長期戦には向かない。魔法も使えない。
力のない子供だし、鈍臭い。
「トスカ、危なすぎる!」
ジンが大声を出した。
ちらりとそちらを見て、でもわたしは言った。
「何かあると思うんです。わたしでも役立てることが」
なぜかロサとアダムは、揃ってフランツを見た。
「誰にも危険な目にあって欲しくない。
君は絶対に指示に従うと約束できる? 約束を必ず守れる?」
ものすごく真剣な表情。綺麗な顔立ちに凄味が加わり、冴え冴えとして怖いぐらいだ。
「約束する。守る」
「バッカスは特に君に目をかけているようだ。だから君は特別に、ユオブリアの王宮に隠れていて欲しかった」
へ?
ユオブリアの王宮?
「ユオブリアでは、バッカスの支部が国の、それも王都にあったことを重くみていてね、王を始めみんな協力的だ。あそこなら君に害するものを排除することができる。怖い思いをもうすることもない」
「僕たちが看守たちを捕らえる。それで君の知りたい情報を必ず取ってくるよ。それを安全なところで待っていてくれないか?」
ロサとアダムはわたしに王宮へ行って欲しいみたいだ。
「必ず言うことを聞く……」
わたしは訴えかけた。
ロサとアダムは視線を交わしてため息をついた。
「……わかった。君には護衛をつける」
フランツから言われる。
「護衛?」
「ガーシ、シモーネ、頼めるか?」
「はい、命に替えましても」
「必ずお守りします!」
ガタイのいいお調子者風な人(ミルクをくれた人)と、成人したてぐらいの真面目そうな男の子は膝を折って、胸に手を当て、そう宣言した。
そ、そんな、命に替えてもって、何その怖い言い回し。
「お前、本当に参加するのかよ?」
ジンに確かめられる。
「トスカ、一緒にフォルガードで保護してもらおうよ?」
ミミに縋られる。
「フォルガードには一緒に行くと思うよ。次に潰すのは〝蜘蛛の巣〟なんですよね?」
アダムがそうだと頷いた。
「フォルガードまで一緒だよ。でもわたしはバッカスと戦いたいんだ」
「そんなぁ。だって各国にあるんでしょ? それを全部潰すなんて……気が遠くなるような時間がかかるよ」
そんなことないといえば、驚かれる。
「どうしてそんなことが言えるの?」
「組織と言っても犯罪組織。お金に群がっているだけじゃないかな? だとしたら儲けられなくなったら自然と解体されるよ」
「え、どういうこと?」
「魔法を売ることのできる特別な魔石を持っている、だから組織が成り立っている、違う?」
ロサは満足げに頷いた。
「その通りだよ」
「流通してないってことは、隠してるってことだし。どこかでまとめて作るなり、流したりしているだろうから、そこを叩けば組織は終わり。そうでしょ?」
ロサは微笑った。
「ご慧眼、恐れ入るね。その通りだ。でも、肝心な魔石を作るか保管している場所はわかっていない」
「〝蓮の葉〟だと思ってるでしょう?」
ロサもアダムもフランツも目を大きくする。
「あれ、どっかでミスったっけ?」
アダムがふたりをふり仰ぐ。
「なぜわかった?」
ロサに鋭く聞かれた。
「〝蓮の葉〟だけゴミ置き場の位置が違ったし。他は〝巣〟なのに、そこだけ〝葉〟だから何か意味があるのかと思った」
「いい読みだ」
「私たちもそうじゃないかと思っている」
3人はニヤニヤしている。貴族顔だから上品なままだけど。
胸を撫で下ろす。実はかなり当てずっぽうだからだ。
だって、ミミの情報からの3つの施設と〝アリの巣〟しか、わたしは知らないんだもの。
普通、出入り口に近いところにゴミ置き場を作るはずなのに、〝蓮の葉〟だけは、3階に設けているというし、出入り口が2箇所あり、1箇所は厳重に警備されていたというのが気にかかった。
彼らがその他のいくつの施設の情報を押さえているのかは知らないけど、通称の名前で役割を分けていると思ったんだろう。そして〝葉〟とつく施設を怪しんでいた。
そして〝蜘蛛の巣〟から〝蓮の葉〟までの移動時間はミミの体感で1日ぽかった。フォルガードにある〝蜘蛛の巣〟の比較的近くに〝蓮の葉〟は存在する。
「君が自分から荒波を望むのだから、被害者の子供扱いはしないよ。それでもいい?」
「もちろんです」
「じゃあ、話し方、僕たちにも普通に話してくれ」
「……そうする」
年上だから一応気を使ったんだけど、別にいいらしい。
それならこちらは助かる。
ミミが大人みたいなため息をついた。
「トスカって怖いもの知らずなんだから」
「怖いものは怖いよ」
「じゃあ、なんで自分から戦いに参加するなんて!」
「潰そうとしている人たちがいて、それを知ることができたのに、何もしない方がわたしは怖い。ただそれだけ」
「またこんがらかること言う!」
「怖いことは、みんな違うってこと」
そう言うと、ミミは口を尖らせた。
目の前に潰せるかもしれなくて、それに参加するチャンスがあって。
それなのにそのチャンスをつかまないのは、嫌すぎる。
あんな組織をそのままにしておくのは怖すぎる。
「……あの、一度森に戻ってきてもいい?」
ジンが3人に尋ねる。
「森に?」
「荷物を置いてきたから」
3人は相談をし、付き添いありで森の荷物を回収しに行くことになった。
森に行く前にギルドに寄って、採取した物や肉を買ってもらい、依頼受領の手続きをして代金をもらう。いつものようにみんなで分配した。
わたしたちは、フォンタナの戦士の馬にそれぞれ乗せてもらい森まで戻った。
わたしはガーシという護衛についてくれたひとりの馬に乗せてもらう。
もふもふもついてきたので、わたしが抱き込んだ。
ガーシと呼んでくれという。わたしはトスカだと改めて名乗りあう。
フォンタナの戦士は馬に乗り慣れていた。人を乗せるのも。
安定感があって守られている感がすごい。お腹がいっぱい。前には体温の高いもふもふ 。適度な揺れ。わたしは森に着くまでうとうとしたみたい。
馬が止まって、降りるぞと言われて驚く。街からワープしたような感覚だった。
来た時と同じように大きな布に持ち物を仕舞い込み、包んで背中に背負い込む。
そして枝と枝にかけるようにしていた布も仕舞い込む。
馬の蔵についていた袋に、お鍋やなんかもしまった。
どうやって持っていこうかと悩んでいたら、ガーシが馬にくくりつけてくれた。
最後に住処にお世話になったお礼を言って、また馬に乗り込んだ。




