第815話 笑うことを忘れた少女⑭誇りの中の哀しみ
「君たちはひとまず、フォルガード国で保護したいんだ」
「フォルガード?」
ジンもエダもマトンもミミも、揃って首を傾げた。
「エレイブ大陸の上の方にある大きな国だよ。大陸の共用語の国。わたしたちが話しているのはフォルガード語」
フォルガードという単語でヒットした記憶を、探りながら説明する。
「トスカの言う通り、エレイブ大陸で一番大きな国だ」
「孤児院に入るの?」
保護と言われたからだろう。身寄りのない子供を預ける施設だからピッタリな場所だ。
「孤児院は嫌かい?」
ジンは頷く。
「俺、冒険者になる」
エダとマトンとミミが、ジンをハッとしたように見た。
「それもいいと思う。けれどレベルが低いうちは報酬も少ない。拠点となる場所が必要だ。それが孤児院かどうかはこれから決めるとして。……ただ、君たちの情報がどこまで広まっているかわからない。だからせめてフォルガードにある〝蜘蛛の巣〟を潰すまで、あまり外に出て欲しくない」
〝蜘蛛の巣〟はフォルガードにある支部のようだ。
「君たちのことは、ここにいるフォンタナの戦士たちが守る」
フォンタナの戦士?
「ツワイシプ大陸・ユオブリア国の戦闘に長けている一族だ。君たちを守り抜く」
周りのマッチョな人たちはニカっと笑った。
「な、なんでこんな、よくしてくれるんだ?」
ジンがロサの目を見て、真っ直ぐに尋ねる。
「……バッカスの1番の被害者は子供たちなんだ。それも身寄りのない子や、攫われたりした子、君たちのようにね。
ユオブリアでもあった。行く場所のない子供を囲って、魔法を玉に込めさせていた。それを闇ルートで売りつけていたんだ」
「魔法を玉に込めて売るのが、違法ってことですか?」
不思議に思って尋ねる。
「ユオブリアでもフォルガードでも、それが違法ということはない。何せ魔法を売るだなんてこと、バッカス以外が考えたことはないからね。
玉を作ったことのある子供たちから聞いたんだけど、玉と呼ばれる魔石に魔法を込めていたそうだ。けれど、一般的な魔石には魔法なんて込められない。
バッカスは魔法を込めることのできる魔石を見い出したんだ。
問題は属性魔法ではない、スキルやギフトのようなものまでその魔石には込めることができ、過去犯罪に使われてきたことなんだ」
なるほど。
「火をつける、水を出すなど属性魔法。これは魔法を込められたことはないけれど、〝魔道具〟として開発され売られている」
ロサが補足してくれた。
魔道具。ああ、魔具か。記憶にヒットする。知識として知っていた。
組織で使われていた明かりとか水玉とかは、魔具ではなく魔石に込められた魔法だったな。だから魔具の概念が抜け落ちていたのかな。
「ユオブリアでは、トルネードという竜巻と、その効果を何倍にもするスキルを合わせて山崩れを起こさせた」
アダムが悲しそうに言った。
山崩れ? それに効果を何倍にもするって……。使いようによってはものすごく危険となる。
「被害は?」
尋ねると、控えめに微笑む。
「怪我をした者はいたが、幸い死者はでなかった」
胸を撫で下ろす。
「そのトルネード玉やバイ玉を作らせていたのがバッカスであり、作らされていたのは年端もいかない子供たちだった。居場所と命を繋ぐためだけの僅かな食料だけを提供して。そんな酷い環境で、魔力を摂取されていた」
静かな憤りを含んだアダムの声が、さらに暗い色を帯びる。
「山崩れのことを調べ、関係者をつかみ、それでバッカスという組織のことを知った。それを暴いた娘が制裁とばかりに連れ去られたんだ」
声が一気に沈み、そしてロサとフランツも辛そうに顔をしかめる。
……その子が、アダムたちの大切な子というわけか。
「その娘は子供たちの救済まで望んでいた。だから僕たちは、組織の子供たちを守りたいんだ」
やるせない思いが伝わってきて、なんだか胸にくる。
「……ありがとう。アダムもロサもフランツも、戦士の人たちも、俺たちに優しいけど、組織の大人も最初はそうだったから少し不安になった。……疑うようなこと言ってごめん」
ジンが潔く謝った。
「そうか、そうだよね。いや、言葉にしてくれてありがとう。僕たちもどうするのがいいのかは手探り状態で、不安にさせることもあると思う。でもその時は言ってくれ。それでお互いの意見を尊重して決めていくのはどうかな?」
アダムが提案する。
「あの、ありがとう。俺たちみたいな子供に……。おい、みんなはどうだ? 納得できてるか?」
ジンがみんなに聞いた。
「俺はありがたいと思う」
「俺も」
「私も」
「わたしもですけど、早速意見を言っていいですか?」
「トスカ!」
ミミに膝を軽く叩かれる。
「なに?」
「さっそく、意見って」
「え、だって言ってっていったじゃん」
「あはは」
ロサが笑い声をあげた。
?
「いや、失礼。ミミは協調性があるんだね。和を乱さないようみんなでうまくいくことを願っている。ジンはリーダーの素質がある。みんなの状態を常に把握していて、みんなの不利にならないように目を光らせている。エダは口には出さないけれど、みんなのことをよく見ていて、誰かが困るようなことを助けている。マトンはいつもみんなが暗い気持ちにならないように気にかけている。
そしてトスカは、興味のあることに一直線だ」
なんかそれって、すっごい我がままって言われてる? 和を乱してる?
わたしだってみんなのことも考えているのに。
っていうか、ロサの方がすごい。短時間でわたしたちの性格とか、役割的なことまで掴んでいる。そしてロサだけでなく、アダムもフランツもそれは同じ気がした。
「もうトスカ、口がとんがってるよ!」
ミミに注意される。
「トスカの意見を聞くよ」
フランツに促された。
「わたし、保護してもらうのではなく、バッカスを潰す方に参加したいです」
壮絶に顔のいい3人の瞳が大きくなった。
「おい」
椅子から飛び降りて、走ってきたジンに肩を押される。
「お前、なに言ってんだよ」
「そうだよ、俺たち魔法を使えないし、子供だし、役に立たないよ」
こういう時あまり口を出さないエダも、反対みたいだ。
「どうして参加したいんだい?」
フランツに尋ねられる。
「ご両親のことが気になって?」
ロサに追うように聞かれ、わたしは首を横に振る。
「親のことはいいんです。いらないとされたんだから、探したりしません。看守はわたしのことを何か知っているようでした。魔力も〝今はない〟って言ってたし。それを知りたいです。……それに見せてくれたじゃないですか、子供が戦っている新聞」
アダムは静かにその新聞を出した。
その新聞を見た時に、胸が痛んだ。
子供が戦っているから? いや、それとは少し違う気がした。
今見ても、イラストにすぎない。でも剣を掲げて勝利を誇っているのに、どこか哀しそうな気がして、気にかかった。
「子供が戦ってる。同じぐらいの年でしょ?」
「君より5つ下だよ」
5つも下なの? そんな子たちが馬に乗って剣を持ち、組織と戦ってるの?
「彼女たちは、その連れ去られた娘の妹と弟だ」
「じゃあ、お姉さんを探して?」
「それもあるけれど、それより、その後のことを思ってだろうね。救出できたとしても、組織があったらまた狙われるかもしれない。だから根絶やしにするって大人顔負けの働きだ」
フランツの瞳が優しく細まる。
そんな顔もするんだ。
「わたしは魔法を使えないし、何もできない子供だけど、組織はよくないと思いました。居場所のない子やミミみたいに拐われたり、そんな子を増やしちゃいけないと思う。だからわたしも組織を潰したい!」
新聞の子もやっぱり悲しい気持ちを抱えていて。
ジンたちもそうだ。
そんな悲しい気持ちを持った子供を増やしてはいけない。
だからわたしは参加したいんだと宣言をした。




