第812話 笑うことを忘れた少女⑪おにぎり
アダムに連れられて行ったのは、街の中央部にある食堂だった。
いつかお金ができて贅沢ができるようになったら食べに行きたいと言ってたところだ。食堂からはいい匂いがした。
わたしたちは目的も忘れて、ごくんと喉を鳴らした。
許しをもらっているとかで、もふもふも一緒でいいと言われる。
ごつい人たちが周りの席を占めていた。
なんかジロジロ見られている気がする。
一番奥の長いテーブル席にわたしたちは案内された。
「僕の仲間だ」
先にいたふたりが、椅子から立ち上がる。
何、この人たち。アダムもだけど、仲間というふたりも、顔面偏差値高い。
王子さまって言われても信じるよ。
ひとりは金髪に青紫の瞳。わたしたちを優しい瞳で見つめる。
もうひとりは真っ黒の髪に冷たいアイスブルーの瞳。なんか、わたし睨まれているような気がする。すっごい見られてる。
負けじに見返すと、彼はふっと微笑った。素敵だったけど、そう認めるにはなんだか悔しい。わたしは目を逸らした。
「私のことはロサと呼んでくれ」
金髪に青紫の瞳の人はそう言った。
「ロサ、さん?」
ジンが窺うように言った。
「ただのロサでいいよ」
年上だから敬称をつけたが呼び捨てでいいよと、アダムの時と同じやりとりになる。
「私はフランツだ。フランツと呼んでくれ」
名前を言う時、黒髪の人はわたしに視線を合わせる。
隣のミミがわたしに肘打ちした。
「なに?」
尋ねれば、ミミは変な目でわたしを見る。
「なあに?」
もう一度尋ねると、ミミはぷぅーっと頬を膨らませた。
?
ミミは時々意味のわからないことをする。
「話を聞きたいんだが、その前に食事にしよう」
ロサがわたしたちをテーブルに誘った。
テーブルに料理がどんどん運ばれてきた。
マウンテンとなったお肉! 卵? オムレツだ!
それにスープはミルク色。シチューじゃん。
おにぎり……。
おにぎりだ。
「召し上がれ」
アダムに言われる。
わたしはおずおずとおにぎりに手を伸ばした。
お米の甘さと塩のしょっぱさ。中にはシャケをほぐしたのが入ってる。大好きなやつだ。
みんなはお肉に手を伸ばしている。
シチューだ。鶏肉に丸ネギ、ニンジ。芋は入ってない。ミルク仕立ての知ってる優しい味。
オムレツに手を伸ばす。チーズオムレツ! 中にチーズがたっぷり。
おいしい。なぜか懐かしいと感じる。
「トスカ、お肉もおいしいよ!」
ミミに言われてなんとなく頷く。
お肉より、おにぎりがおいしい。
夢中で食べた。両手にひとつずつ持って、お行儀悪くどちらにもかぶりつく。
泣きたくなる味がする。
「おにぎりが気に入ったみたいだね」
黒髪のフランツが目を細めている。
行儀が悪くて怒られるのかと思った。
「それは私の母が作ったものなんだ。ベアジャケのおにぎり」
「おいしいです。懐かしい味がします」
フランツはこの食堂の人なのかな?
「今日はこの食堂を借りて、おにぎり以外このフランツが、料理を作ったんだ」
みんな尊敬の眼差しでフランツを見上げる。
「料理人なの?」
ミミが尋ねる。
「いいや、食べることが大好きな人に食べて欲しくて、いっぱい作ってきたんだ」
へー。努力の人か。
「どれもおいしいです」
「それはよかった。いっぱい食べて」
「私は初めて食べるものばかりだけど、トスカは食べたことがあるの?」
「わかんない。でも懐かしい気がした」
「へー、そうなんだ」
勧められるまま、わたしたちはいっぱい食べた。お腹がはち切れそうだ。
それから話をしたいから、彼らのアジトにしているところにきて欲しいと言われた。
最初からそこに行くのは抵抗があるだろうと思って、配慮してくれたと思われる。
おいしい物を作れる人に悪い人はいないと思う。
それだけが理由ではないけど、わたしたちは顔を見合わせて、頷き合う。
街外れの一軒家。庭にはすでに馬が10頭以上繋がれていた。
わたしたちが近づくと、家の中から屈強な人たちが飛び出してきた。
みんなわたしたちを見て一瞬動きを止める。
あ。
服は買い足してこまめに洗濯をし、きれいにしているつもりだけど、汚いって思われたのかな?
自分の服を見る。臭くもないはずだけど……すっごくきれいにしているわけでもない。
アダムもロサもフランツも、華美ではないけれど質の良いものを着ている。良いところの出なのかもしれない。そんな人たちが集まるところに、わたしたちみたいのが来たから怒られるのかも。
「おい、何を見ている?」
フランツが鋭く注意した。
「……小さな子が珍しかったみたいで、ごめんね」
ロサに謝られる。
小さいって……12歳なんだけどっ。
「洗っているので、汚くないです」
言い訳をしてしまう。
「いち姫、汚いなんて思ってないですよ」
前に進み出たガタイのいい人は、ニカっと笑った。親しみのある笑い顔だ。
いち姫?
フランツがその人を何かで叩く。
「すみませんっした!」
その人は90度に腰を曲げ、頭を下げた。
ワン!
もふもふが鳴いて、一番に家の中に入っていく。
え。
「さ、みんなも」
勧められて、わたしたちは家の中に入った。
居間のような部屋で、長テーブルと椅子があった。奥にはキッチンがあり、二階へと続く階段もある。ドアがいくつもあり、部屋がたくさんあるようだ。
わたしたちはそのテーブルにつくよう勧められ、さっきの〝いち姫〟と言った人がミルクを出してくれた。
お礼を言って、ミルクを口に含む。
「アダムから説明があったと思うけど、私からも話させてくれ。
私たちは〝バッカス〟という組織を根絶やしにするのを目的としている。
君たちはエレイブ大陸の中央支部、通称アリの巣から逃げ出し、崩落させた子たちだよね? その時のこと。君たち自身のこと。それから組織のことで知っていることを教えて欲しいんだ」
「俺たち逃げ出しただけなんだ。それに……魔力がないから、最下層で仕事もゴミ集めしかしていない」
「そのことでいい、教えて欲しい」
まずはジンが自分のことを語り始めた。6歳の時に親に捨てられ、孤児院に入った。でもそこで馴染むことができず、朝から夜まで外にいた。孤児院には寝るために帰るだけだった。そこで目をつけられたのか拐われ、連れてこられたのが〝アリの巣〟だった。
魔法が使えないとわかると、最下層に連れていかれという流れだった。
エダもマトンも同じような生い立ちだった。親に捨てられて、ひとりで彷徨っていたところを拐われている。
ミミは完全に拐われたようだ。ミミはアリの巣だけでなく、3つほど場所を移されたらしい。〝ベアの巣〟〝蜘蛛の巣〟〝蓮の葉〟にいたことがあるそうだ。やはりゴミ集めをやっていたようで、それぞれの施設がどこにあるのかは知らないけれど、中の様子は知っている1番の情報持ちだった。




