第811話 笑うことを忘れた少女⑩アダムの目的
「トスカはどうしてそんなザンバラ髪なの?」
朝ごはんの後、アダムに聞かれる。
「わかんない」
わたしは首を傾げた。
「トスカは記憶がないんだ」
「記憶が……?」
「そうなんです。覚えてないから。
それに鏡を見ていないので、どんな状態なのかわからないです」
アダムは微笑む。
「……よかったら僕が整えてあげようか?」
「え? アダムって髪結の仕事してるの?」
マトンが驚いたような声をあげた。
「いや、違うけど。前に女の子の髪を切ってあげたことがあるんだ。うまいって言われたよ?」
「トスカ、切ってもらいなよ。トスカは可愛いのに身なりを気にしないから気になってたんだ」
ミミがわたしを揺さぶった。
みんなに勧められて、アダムにお願いする。
みんなの視線を集めながらも、アダムが切り揃えてくれた。
「あ、トスカ、いい! 可愛いよ!」
「そう?」
みんながうんうん頷いてくれた。
「アダム、ありがとう」
「どういたしまして」
「アダムはどこから来たの?」
「ツワイシプ大陸だよ」
大陸違いなのか。それにしては言葉が流暢だ。
「ツワイシプ大陸って?」
エダが首を傾げた。
「ここはエレイブ大陸。ツワイシプはお隣」
わからなかった子供たちに伝えれば感心された。
「トスカはよく知っているね」
「記憶は思い出せないんですけど、多少、知識があるようです」
「覚えていることは他にないの?」
わたしは残念だが頷く。
「はい」
「そうか。でもそのうち思い出すかもしれないよ」
「いえ、いいんです。ロクでもない記憶な気がするし」
だって捨てられたんだもの。きっと思い出してもがっかりするような気がする。そんな思いをするぐらいなら、忘れている方がいいように思う。
アダムがわたしの前で膝をついた。
「……そんなことないよ。君はみんなに愛されて幸せに暮らしていた。みんな君の記憶が戻るのを待っている。どうか思い出して」
え?
もふもふが吠えた。
「……あはは、ごめん。待ちくたびれたようだね。街に行こうか」
アダムはもふもふを抱きかかえた。
わたしたちと一緒にいくとなると、馬から降りて歩くことになるが、アダムはそれは構わないようだった。
アダムは物知りで、わたしたちが疑問に思うことにスッと答えが出てくる。
組織の大人みたいにわたしたちに威嚇もしないし、馬鹿にしないから楽しい。話しているとあっという間だ。
街が見えてきた。
「探している人、見つかるといいね」
マトンが声をかける。
「……ありがとう」
「どんな人を探しているの?」
ミミがアダムの腕を引っ張った。
「……確かなことはわかってないんだ。街の向こうに山があるだろう? あそこを超えた先で鉱山の崩落があった」
!
わたしたちの視線が交錯した。
「崩落した原因を調べていてね。ちょうどその時に逃げ出した者がいたそうだ」
「そ、そうなんだ」
ジンが明るい声を出したけど、どこか不自然だった。
「アダムは、その人を探してどうするの?」
エダが注意深く聞いた。
「聞きたいことがあって、できたら協力して欲しいことがある」
わたしたちは息をのむ。
アダムが探しているのはわたしたちだ。
アダムは〝アリの巣〟の関係者? 組織の人?
「そっか。あの、街はすぐそこです。わたしたち、今日はここで帰ります」
「……ギルドに卸すんじゃなかったの?」
〝アリの巣〟の人たちは逃げただろうけど、他の支部の人が原因を探っているのかもしれない。わたしたち、捕らえられたらどうなっちゃうんだろう。
逃げたいだけだったけれど、結果崩落させてしまったみたいだから……。
そりゃ怒ってるはずだ。
ここは逃げて、早くもっと遠くに逃げなくちゃ。
アダムに腕を取られた。ビクッとしてしまう。
「怖がらないで。僕は組織側の者じゃない。どちらかというと反対。組織を完全に潰したい者だ」
わたしの目を見て、はっきり言葉を区切るように言った。
!
その目を見て確信する。
……彼はわかってたんだ。わたしたちが〝アリの巣〟出身だと。
それでいて一晩一緒にいた。無理やり捕まえることはしなかった。
でもそれが手かもしれない。
だけどわたしたちはアダムを悪い人……わたしたちに悪いことをするような人とは思いたくなかった。
ワン!
もふもふが吠えると、アダムはわたしから手を離した。
そして穏やかに微笑う。
「僕を信じてくれない?」
アダムは膝をついて、わたしたちを見上げる。
「……協力って何?」
「組織を潰したい側って証明できる?」
わたしとジンが同時に質問していた。
アダムは内側の胸ポケットから何かを出した。
新聞の切り抜き?
「これは僕の仲間たち。あの組織を僕たちは〝バッカス〟と呼んでいる。バッカスは支部が各大陸、各国にひっそりとだけど確実に広がっている。それを根絶やしにしたいんだ」
新聞には、まだ幼く見える少女と少年が剣を掲げていた。
どういうことかはわからないけど、『〝エトワール将軍〟バッカス撃つ!』と見出しが踊っている。
……なぜだか少女と少年のイラストを見て、胸が締めつけられる。凱旋らしき絵なのに、どこかに哀しみが潜んでいる気がして。
それにしても、各大陸の各国ってことは、組織はかなり手広くやっているようだ。
「僕の……僕たちの大事な人がバッカスに連れ去られた。僕たちは取り戻して、そして誰も2度と……誰もこんな思いをしないように、バッカスを根絶やしにしたい」
それは心からの呟きだと感じる。
わたしたちはお互いの顔を見た。みんなマトンを迎えに行くと決めた時と同じ顔をしていた。マトンもジンに頷く。
「俺たちは〝アリの巣〟から逃げてきた」
ジンが代表して告げる。
「崩落させたのは君たち?」
「水玉を使ったのは俺たちだけど、水玉の水だけで崩落したかどうかはわからない。俺たちも夢中で逃げたから」
「……僕の仲間たちにも会ってくれる?」
わたしたちは、お互いの視線を探ってから頷いた。




