第810話 笑うことを忘れた少女⑨助けてくれた人
森での採集は気に入ってしまった。
採集する薬草はギルドの2階で図鑑を見ておく。
それを森の中で探すのだ。
街から森までは約1時間半。深くは入らない。獣に遭うと怖いからね。
食用になる草とか実が時々見つかる。
果物が見つかると、わたしたちは大喜びをした。
甘味が取れるのは嬉しい。
しばらく毎日宿を取っていた。ベッドで眠るのはやはり心地いいから。
冒険者になればお金を稼げて、毎日宿暮らしができるかと思ったけれど、わたしが再登録するために5万ギルも必要だし、毎日の食事を差し引けば残るは微々たるもの。必要経費といって使ってきたのも、もふもふのくれたものをお金に替えて貯めていたものだ。つまり、わたしたちにはまだ宿暮らしは身分不相応と結論が出る。
だからこれから寒くなるまでは、野宿することに決めた。
それに冬になるとお金がかかるから、蓄えておく必要もあった。
わたしはある程度短剣も扱えるようだ。
ただ、短剣でも重たくて、手首が疲れてしまうので手早く終わらせないとだ。
他4人は短剣の扱いは無茶苦茶だけど、パワーがあるので、なんとかいけている。
危ない時は、もふもふが助けに入ってくれる。犬ってめちゃくちゃ賢い。それに強い。小型犬の大きさのままでも、その10倍はあるような獣に簡単に勝つ。私たちが5人かかって倒せなかった相手でも、蹴り一発だ。
もふもふに助けてもらって、わたしたちはなんとか暮らしていった。
森の中に住処を作った。
枝を木と木の間にかけて上に布をかけたものだけど。
それだけでも風の通り具合は違う。
足りないものを買い足し、街には2、3日に一度行き、受けていた依頼の報酬をもらい、次の依頼を受けてくる。夜はみんなに文字や計算を教えた。文字の歌は覚えやすいと楽しんでいるみたいだ。指突き出しのゲームを取り入れれば計算の理解は早くなった。順調だ。
薬草採集にいささか飽きてきて、わたしたちは獣の討伐に挑戦することにした。討伐っていうとかっこいいけど、罠を仕掛けることにしただけだ。
森ネズミとキジバトと縞ヘビは干し肉にするのに適しているそうだ。それで肉屋さんが常時依頼を出している。鳥とヘビは無理だが、森ネズミなら罠で取れそうな気がした。
うまくいってギルドに持っていくと、値が半分になった。捌いていなかったから、血生臭くなってしまったのだ。それでわたしたちは獣を捌く講習を受けた。ギルドでは冒険者がステップアップできる、そういった講習もやっている。
でも捌くってかなりグロい。わたしはすぐに気持ち悪くなってしまったが、4人は一度の講習でコツまで掴んだみたいだ。
罠にかかった獣を捌き、ギルドに持っていくと正規の報酬を貰えた。
薬草の採集と獣の報酬で、わたしたちの生活の質は一気に向上した。
これがわたしたちを油断させたんだと思う。
何もかも順調にいっていたので、油断が生まれた。
いつも通っているところに、大きな獣が来て驚いた。
とても短剣でなんとかできる相手でないことは見てとれた。
獣は案外臆病で、人を見ると逃げていく。何かされた時は攻撃してくるけど、大きいものほど、こちらが何かしなければ逃げ道を確保するだけで、向かってくることはほぼない。
けれど、今回は思い切りターゲットにされた。
ライオンサイズの猪みたいのは、最初にエダに突進した。すっ飛ばされたエダを守るように、もふもふが猪に体当たりした。吹っ飛んだ猪がわたしとミミの前に転がってきた。
わたしとミミは立ち尽くす。
猪はすぐに立ち上がりわたしの方に走ってきた。
大きく口を開け、わたしは逃げることも思いつかず……。
光が飛んできて、猪はそれに当たったように音を立てて崩れ落ちた。
一体、何が?
こんな木だらけの森の中、馬を走らせていた成人したてぐらいの人が、スマートに馬から飛び降りた。
わたしとミミはうっすら口を開けてその人を見ていた。
だって、半端なくかっこよかった。
茶色の髪に茶色い瞳はありきたりだけど、身に纏う空気が貴公子といいたくなる感じ。ってわたしは貴公子を見たことがあるのかは知らないけれど。
でも王子さまってこんな感じなんじゃないかな。仕草が優雅だ。
「怪我はない?」
膝を地面について、わたしを見て真っ直ぐに聞く。
わたしはなんとか頷いた。
顔面偏差値高すぎだ!
「よかった。他の子は? みんな大丈夫?」
ミミも顔を赤くしている。
「ありがとうございました!」
ジンが頭を下げた。
それで慌ててわたしもお礼を言った。
「危ないところを、ありがとうございました」
ミミもエダもマトンも慌ててお礼を言う。
お兄さんはみんなを見渡して、もふもふにも目を止めた。
「お兄さん、もふもふを知ってるの?」
なんか視線で話でもしたように感じた。
「お兄さん? もふもふ?」
「もふもふしてるから、もふもふ」
ああ、というようにお兄さんは頷いた。
「いや、知らないけど、どうして?」
「お兄さんの犬だったのかと思っただけ」
「……いや、違うよ」
そうなんだ。
「イーダの街ってどっちかわかる?」
「あっちだよ。でも急がないと、もう陽が暮れる。暗くなる前に森から出られるかどうかの距離だよ」
馬でならなんとかなるだろうけど、迷ったらアウトだ。
「そうか……では今日は森に泊まるか」
お兄さんは小さく呟いた。
「よかったら、俺たちの寝床に来る? といっても、何もないところだけど」
「いいのかい?」
お兄さんはアダムと呼んでくれと言った。
わたしたちの名前も教える。
アダムは人探しをしていて、イーダの街に行きたいそうだ。
明日わたしたちもギルドに行きたいから、わたしたちの寝床に一緒に泊まってもらって、明日街へと案内することが決まった。
仕留めた猪もどきをアダムが捌いてくれたので、わたしたちは大きいお肉の塊にアリつくことができた。
「アダムのあの獣を倒した光は何?」
ジンが食いついた。
「スキルだ。魔法と同じだよ」
わたしたちは唇をかみしめる。
「魔法だって練習すれば、それで攻撃をできるようにもなるよ?」
「俺たち、魔力がないんだ」
「え? ああ、そうなのかい?」
アダムは驚いたみたいだけど、魔力のないわたしたちを馬鹿にしたりすることはなかった。




