第81話 兄妹喧嘩と女子会①誘われて
もうそろそろ王子さまがやってくるらしい。
昨日の夕飯の後、アラ兄が我慢しきれなかったようで、柵の外に転がっていた人たちはなんなのだと尋ねたところ、父さまは青のエンディオンの後釜の冒険者たちと、急に父さまと仲良くしたくなった貴族の使いだろうと言った。あれで、もう懲りただろうし、もうそろそろ王族がやってくるだろうから、静かになるはずだと父さまはいい笑顔だった。そんな輩がくると思ってわざわざ家を空けたんだね。
父さまは領主と領民の関係が良好で、一緒に支えていくような領地にしたいそうだ。それもあるし、わたしたちがフランクに接してしまったこともあり、町も村も領主家族に敬意を払ってはくれるが、親しみの方が勝っている。
けれど、他貴族、ましてや王族に同じように親しみを込めて接すると大変なことになるので、その注意をしに町に行く。どうやら貴族というのは、平民と目を合わせたり、話すものではないらしく、うかつに話しかけるとそれだけで激昂する人がいるのは小説の中だけではないみたいだ。もちろん王族が来るとは言わない。これから貴族が来ることもあるのでとの注意喚起だ。
ということで、いい服をきている人には目を合わすな、話しかけるな。話しかけられたら、極力丁寧語で慎重に話すよう父さまと町長さんが言って回った。
それから、いつもと違う、知らない顔ぶれが領地に入ってきたら、こっそり父さまに知らせるようお願いしていた。
もふさまとシヴァはゲルンの町に行っている。魔物狩りをした時の売ったものの査定が終わる日だからね。取りに行ってもらいがてら、いくつかのダンジョンに行って、適当に落としてもらっている。30回出し入れ限定の収納箱機能をプラスしたカンルーの袋を。拾った人はただ落ちていたと思うか、ドロップと思うかもわからないけれど。鑑定でもしなければ売るだろうね。ギルドの人が鑑定したら驚くだろうな。あ、シヴァにあげるのは無期限でシヴァ専用にするつもりだ。使うのは世間の騒ぎがひと段落ついてからにしてってお願いするけど。おじいさまには家宝の袋をひとつ渡すつもりだ。
わたしは父さまについて町に来た。鍛冶屋に連れて行ってもらう。ゲルンに行かなかったのはこれが目的だ。包丁、フライパン、鉄板、泡立て器、ケーキの型。下手な落書きをして、アラ兄にきれいな絵におこしてもらった。
鍛冶屋さんはちょうど今日から店を開けたんだって。タイミングがいいと言われた。この町での鍛冶屋の仕事は畑仕事の道具作りが主になる。それがレアワームのせいで商売上がったり。イダボアに出稼ぎに行っていたようだ。土地が生き返り、冬蒔きと春蒔きの準備をするのに、道具の手入れなどの仕事が入るようになって、一昨日、町に戻ってきたそうだ。
欲しいものがあるのがわたしだと言うと驚かれた。急ぎではないと告げ、こういったイラストのものが欲しいのだができるかを尋ねる。
「こりゃ、なにをするもんなんです? お嬢ちゃん」
「これ、ナイフ代わり、包丁。野菜、肉、切る。料理に使う」
「ふーん、ここで切るわけか。嬢ちゃんが使うのかい?」
わたしが頷くと、わたしの手を測る。おおー、プロだ。
「嬢ちゃんはほんとタイミングがいいな。うちにある鉱物だと最初は良くともすぐ切れ味が悪くなるかもしれないが、イダボアの鍛冶屋で手伝いをしていてな、クズの鉱物をもらったりしてたんだ。あれで、嬢ちゃんのサイズなら作れそうだ」
いやっほーい!
それから、フライパンも鉄板も泡立て器もケーキの型も、それぞれに説明し、話を詰めた。
急いでないと言ったが、面白そうだから息抜きに進めれば、そんなに時間はかからないだろうと言われた。
やったー!
そのあとは雑貨屋で物を見繕っていた。
「あ、リディア」
「ミニー」
わたしは手を振った。
「今日はもふさま、一緒じゃないの?」
「うん、今日は別なの」
「大きくなった?」
「……ならない」
ミニーはわたしがしょげたと思ったのか、肩に手を置く。
「メーのミルクもらってみる? えいようがいっぱいだって。大きくなるかも」
メー? 山羊かな? ど、どうしよう。大きくならない犬種といえばいいのかな?
「もふさま、大人もあの大きさみたい」
「え?」
ミニーが驚く。
「あんなちっちゃいのに大人なの?」
「そういう種族みたい」
ミニーは驚きながらも納得してくれた。
「リディア」
わたしを呼んで袖を引っ張る。そして声を潜めた。
「リディアはもうおねしょしない?」
わたしはもちろん頷いた。
ミニーは良かったと笑う。
「今日ね、女の子でお泊まり会するの。おねしょしなくて、ひとりでも眠れるなら、誰でも来ていいの。もふさま男の子だけど一緒でもいいよ」
女子会ですか? 何それ、超、興味深い。楽しそう! 行きたい。
「行ってもいいって言われたら、来てね。夜着は持ってくるのよ」
「わかった」
わたしは真剣に頷いた。
問題は父さまだ。兄さまとロビ兄でさえ、お泊りにはまだ早いんじゃないかと言いたげだった。わたしはその1つ下。ううん、本当は兄さまより5つ、双子より3つ下だ。危険系からはもふさまと一緒ならスルーされるはず。兄さまたちを味方につけて、後押ししてもらおう。
午前中で家に帰ると、兄さまたちはおじいさまから剣の稽古を受けていた。山やダンジョンに行く前に比べると天と地ほども構えが違った。常に次のことを考えているし、意識が違うのが剣のことをよくわからないわたしにもわかった。
「リディー、お帰りなさい。さ、お勉強するわよ」
「はい」
わたしはしおらしく従う。お泊まりを容認してもらうためだ。
歴史の授業もひと段落し、今、貴族の名前を覚えるという勉強になった。わたしはこれが大嫌いだ。まだ歴史のように、こんなことがあり、こうなったとかなら覚えようもあるのだが、爵位と長ったらしい名前と、覚えきれないよ。
っていうか、5歳で本当に覚える必要があるの?
「リディーは貴族の名前を覚えるのは不得意みたいね」
わたしは母さまに頷く。
「そうね、じゃぁ、今日は目先を変えて、外国語の勉強にしましょうか」
「外国語?」
「母さまたちも留学した、フォルガード王国。ユオブリアがあるツワイシプ大陸の東、エレイブ大陸にある国よ。国自体も大きいけど、エレイブ大陸の公共語がフォルガード語なの」
わたしたちの住んでいるユオブリア王国も大きめな国で、ツワイシプ大陸では、ユオブリア語が公共語らしい。
「フォルガードは魔法に力をおいている国なのよ」
へぇーーーー。それはちょっと興味あるかも。
今日はフォルガード王国の成り立ちや産業や、どんな国なのかを教えてもらって終わった。




