第807話 笑うことを忘れた少女⑥下へ上へ
煙玉は材料が揃うとすぐに作れた。火を使うのでそこがネックだったけど、荷物の中に火付け石があり、ジンがつけてくれた。
粘土質の土は川のカーブしているところでとれた。それに水を含ませてこねこねする。ミミにシナドラの花を分解してもらい、エダにはホウズイの根を石で擦ってもらった。均一に混ぜておかないと、煙がうまく出ない。シナドラの花はお湯に入れるとゼリー状の汁を出す。これでホウズイの根の汁を包む。
お馬さんにボディータッチをすれば手に毛がついてくる。
軽く炙った失敗要因の動物の毛を中に入れ込む。
最後にホウズイのツタを炙ったものを入れ込む。これが熱いうちでないと煙を出す煙玉にならない。
ゼリー状のそれの周りを土でお団子にして握った。
炙ったツタの先を少し出しておく。
ツタに火をつける。そして煙玉の土の部分が破壊され、中の物が空気に触れることにより煙が出る。
治療で使う時は親指をグッと入れる。
虫を動けなくする目的の時は、煙を出したいところに火をつけてから投げるなどする。
〝アリの巣〟は軽く傾斜している。
お団子に火をつけて転がせば勝手に転がっていき、どこかに当たり壊れるだろう。それより誰かに踏まれる方があるかもしれない。火が消えても大丈夫。あれは中に熱を持たせるのが目的だから。
煙玉は3個できた。
よし、準備できたぞ。
あとはアリの巣まで戻るだけだ。
わたしは行くところがあるからと、もふもふに抱きついてお別れをした。
もふもふはわたしたちについてまわり、面白いのか、煙玉を作ることろをずっと見ていた。そういえば火も怖がってない。火を怖がる動物は多いのに。
馬に乗ろうとしたら、もふもふに引っ張られる。
「なあに? わたしたち仲間を奪還しに行くの。ギュッとさせてくれてありがとね」
賢そうなもふもふは器用にリュックを外し、口に咥えてわたしに押しつけた。
なに?
え? 大型犬サイズだったのが、もっと大きくなる。
呆然としているわたしの首の後ろのところを咥えて、自分の背中に放り込んだ。
ええっ?
「乗せてくれるの?」
もふもふは頷いた。みんなにも顎をしゃくる。
わたしたちはうなずきあって、もふもふに乗り込んだ。
お馬さんには後で迎えにくると伝えた。
伝わったかはわからないけど。
わたしの後ろにミミ、ジン、エダと乗り込む。
4人を乗せても、大きくなったもふもふには余裕だった。
「犬って凄いな」
ジンが呟く。
うん。大きさ、自由自在なんだね。驚いた。それに超、賢い!
犬ってこうだったかな?
もふもふはわたしたちが乗り込むと、歩き出し、慣れた頃には駆け出した。
風をビュンビュン切っている音は聞こえるけど、風が痛いほどは当たってない気がする。それに走っているのに安定感が抜群だ。
馬に乗っていた時は、いつ落ちるかわからない不安しかなかったけど。
アリの巣にはあっという間についた。
もふもふはわたしたちを下ろすと、小型犬サイズになる。
本当に、自由自在だな。
リュックを咥えたと思ったら、どうやったのか装着してる。
早技で見えなかった。
わたしたちはもふもふにお礼を言った。
尻尾をふりふりする様子がとっても可愛い。
もふもふはわたしたちについてくる。
一応、最下層にいる仲間を助けにいくところで、中の人は野蛮だから見つかったらなにされるかわからないよと話したのだけど、もふもふは森の色の瞳でじっとわたしを見つめるだけだ。
でも賢いから平気か。
扉は固く閉ざされている。
人だと入れないけど、通気口なるものがいくつかある。
わたしたちはそこに火をつけた煙玉を落としていった。
そしてゴミ置き場の通路のところに隠れた。
ざわざわしだしたと思ったら、扉が開いて、目論見通り中から人が飛び出してきた。
次から次へと出てきて、離れた木々があるところまで走っていく。
かなりの人が外へ出て、落ち着いた時に、わたしたちはひっそりと中へと入った。
そして食糧庫で水玉を拝借し、少し待つ。
第何陣になるのかわからないけど、団体が出て行った。
下の階層の人たちだ。
煙は下までちゃんといったようだ。
わたしたちは出てくる人たちに気をつけながら、地下へと進んでいった。
下に行くほどわたしたちは小走りになる。もふもふはついてきている。
最後の層は完全に周りを気にせず走っていた。
下に行くほど煙はすごい。ちゃんと失敗した煙玉のようだ。
わたしたちの檻のある穴に、そのさらに隅で膝を抱えて顔を膝に埋めている姿があった。
「マトン!」
ジンが声をかける。
マトンがゆっくり顔をあげた。
顔は腫れ上がっていて、涙のあとも見える。
「お前、煙が出てるのに、何やってんだよ!」
エダが鉄格子の扉を開けると、ジンが中に入って入ってマトンを引っ張った。
「な、なんでジンたちが……」
顔はひどいことになっているけど、動けない怪我ではないみたいだ。
「お前こそ、火が出たら外に逃げるのは鉄則なのに、なんで座ってんだよー」
マトンの顔がさらに歪んで滴が落ちる。
ジンの手を振り払った。
「俺、看守に言いつけた。逃げようとしてるって」
「知ってる!」
「怖くて! 逃げ出せると思わなかったから、俺だけ助かろうと思ったんだ! みんなのこと言って、俺だけ売らずにって……」
「……いいから、逃げるぞ!」
「なんでだよ、裏切ったんだぞ、俺」
「……わかるから」
言い切ったジンに、視線を合わせるマトン。
「俺も怖かった。その気持ちはわかるから」
「ごめん! ごめん。ごめん、ごめん……」
マトンが泣き崩れた。
「悪いと思うなら、まずはみんなで協力して逃げるぞ」
「……逃げ、る?」
「そうだ。そろそろ、煙だけで火は出てないことに気づいた奴らが……」
「うるわしい友情じゃねーか」
最下層の看守と、もっとずっと上の看守がいた。
やっぱり変だと気がつく奴がいた。
「お前たちがこの騒ぎを企てたのか?」
わたしたちの看守が怒鳴る。
「だから、この新入りの扱いには気をつけろって言っただろ。なんで独房に入れておかなかった?」
「ひとりでいると食事もとらねーし。魔力もないなんもできねーやつなんだから、使った方がいいだろうと思って」
「確かに魔力は今は使えねーようだが。こいつを売ってたり、逃してたら、お前首が飛んでたぞ?」
「え?」
上の看守に言われ、下っ端は目をパチパチさせている。
新入りとはわたしのことだ。
独房から出されたのはこの看守の独断だった?
魔力は今は使えない? 魔力がないんじゃなくて?
組織はわたしを売るつもりはなかったってこと?
「下に沈んでいく煙。変だと思ったんだ。まさか裏切った仲間を助けにくるとは思わなかったが」
看守がミミの手をつかみ上げた。
ミミはその手にかじり付き、看守の悲鳴が上がる。
「ウーーーー、ワン!」
もふもふがわたしたちの前に出て吠えた。飛びかかったので、偉そうな看守もひっくり返る。
「上に逃げるよ!」
わたしは声をかけて走り出した。
とにかく全力疾走だ。
上へ、上へ。




