第795話 瘴気談義②手に負えないもの
ウチのブレーンたちは、わたしとナムルの話し合いの映像を何度も見た。見すぎて摩耗してしまうんじゃないかと思うぐらい。いや、実際は擦って何かを見ているわけじゃないので摩耗はしないと思うんだけど。
いち抜けして、お茶を飲んで、うとうととして起きたところでやっと検証が始まったので、ほっとした。
みんなナムルの言った
「いいえ。私はユオブリアに興味があるので、悪意なんかありませんよ。ああ、誤解されていたのですね。私はユオブリアに何かしようとは思いませんよ。ユオブリアに欲しいものがあるのでね」
という台詞は、ナムルの本心だろうと結論づけた。
2年前、セインが仕掛けてきたやり方は、いい手ではなかった。自分たちの発案だとバレないように、ワーウィッツを脅して矢面に立たせ、女王をたて聖域を作ろうとした。けれどワーウィッツもやらされているだけで、中の人たちはやっていることがよくわかっていなかったし、ワーウィッツの王女がセイン王族にひどい婚約破棄をされたと認識されただけだった。
そして今回のミッナイト殿下も失礼だけど策略に長けている方には思えない。
けれど、今回は割とハラハラした。何か仕掛けられていると認識できたのが直前、水面下でやってきたということだ、あのセインが。
ということは、つまりセイン国はこの2年の間に強力なブレーンができた……。
セインの目的は、ユオブリアを落とすことだと思っている。
もうさ、そこが意味不明なんだけど。
だって同じ大陸の隣の国だというなら、たとえば目障りという身勝手な理由だとしても、近くにいると目についてしまうし、触れ合うっていうか目に付く機会が多いから、そういう心の動きはわかる。
でも実際は大陸違いで海を隔てているし、ユオブリアはセインの4倍以上は大きな国だ。土地の広さが強さに比例するわけではないけれど、人口も多いわけだし、何よりも4倍以上の領地を束ねる力を持っているのがユオブリアの王なわけで……。しかもツワイシプは元々魔力の多い人が生まれやすい。
そこに敵意を持ってくるのが、本当なんで?って感じなんだけど。
落とそうとしているのは2年前明確になった。2年前はエレイブ大陸に聖域を作りさえすれば、ユオブリアに勝てると思っていたのではないかと思う。でもそれは自国に監査を引き込む結果となった。それによってまた、ユオブリアに怒りを昂らせているのかしら?
今度は両加護のあるわたしをユオブリアから排除するために、いろいろやっていたようだ。
それが兄さまの逆鱗に触れ、個人的な経済制裁という形で芽吹いた。
それに気づいた人たちが、同じようにセインから手を切ったーー。
セインの第3王子、ミッナイト殿下が、それを抗議するために勅使としてユオブリアに。
話したことでわたしをユオブリアから遠ざけようとしているのも、この時にはっきりとした。
ミッナイト殿下は、婚姻を結ぶことでわたしをユオブリアから遠ざけようとしたし、いずれ義父になるはずだったドナイ候を使い、わたしの兄であるアラ兄をユオブリアから追放して、わたしもユオブリアから出ていくように企てていた。
前もって気づかなかったら。対策を立てられずに、追放とまではいかなくても、貴族子息がとんだ傷跡を残したかもしれなかった。
まさかわたしを国から出すために身近な誰かを追放させるなんて、そんな暴挙をとるとは思っていなかったけれど、でもブレーンたちによると、これは全然甘い計画だという。実際アラ兄が追放されるような証拠が出ていないからだ。
だからブレーンたちは、もっと強い手を持っていて、勅使がどんなことを仕掛けてくるかと構えていたのだけれど、肩透かしをくう。
狙いは確かだが、手を抜いているように見えた。それゆえに、ブレーンの狙いがそうだったのだろうと結論づいた。
わたしを追放させる気だぞーとアピールしていたにすぎないというのだ。
アピールですとー?
本気ではなかった??
本気ではないということは……、ブレーンの本気ではなかったから。
そしてその回答はユオブリアに悪意はなく、欲しいものがあるからだ。
それは本当のように聞こえた。
それこそがブレーンの目的。ユオブリアには欲しいものがあるから。
そう思えた。
「さて。じゃあ、君たちの思う、私の欲しているものはなんだと思ってる?」
ナムルは舐め腐った顔だ。
「ユオブリアの地下に、やっとのことで封じ込めている〝瘴気〟」
わたしが言うと、大袈裟に肩をすくめる。
「ヒントは出したとはいえ、よくわかりましたね。では、くださるんですか?」
「あなたが条件をクリアすればね」
ナムルは驚いたようだった。
そこでただ反対にあうと思っていたのだろう。
「セインのことを伝え、それがあなたたちの利益になるなら、ということですか?」
ナムルは、的外れな条件を予測した。
「いいえ。封じられている瘴気はとてつもなく大きいもの。世界の7分の6を失わせるぐらいです」
「大袈裟な」
ナムルは難癖つけられたというように顔を顰めている。
「あなたがその瘴気をどうにかできるなら、どうにかして欲しい」
フォンからロサの声がする。
「ユオブリアの策士と王子がそろって、そんな確証もないことを信じろというのか?」
「聖女の未来視だ」
ロサが告げた。
アイリス嬢から話してもいいとオッケーを取り付けているのだろう。
「は?」
「ユオブリアの地下に閉じ込めている瘴気は、本当に世界を壊すぐらいの力あるものなんだ。お前は世界を壊すことが望みか?」
一瞬の間があった。
でもナムルは左右に首を振る。
「どうやってそれを信じろと?」




