第786話 急病⑧非情
ホアータ家にメスが入り、ナムル・ホアータは本当に養子だったことがわかった。彼は孤児だそうだ。
ホアータの当主が事業に失敗し、酒に溺れていた時に出会ったという。
少年は体に蓄積された酒を抜くことがうまかったそうだ。
独学だというが、少年で、薬師さながらの腕だった。
薬師に関してもだが、頭の良さも相当なものだった。
当主はこの子は未来が見えているのでは?と思ったらしい。
事業のアドバイスが欲しいといったら、養子にしてくれたら考えると言ったそうだ。
賭けではあるが、役に立たなかったら、養子縁組をとけばいい。
そんな軽い考えで、ナムルを養子とした。
実の子たちより出来が良かった。けれど出しゃばったり、何かを欲したりしないところも良かった。彼の助言で、子供たちの事業も成功していた。だから子供たち同士の関係も良かった。
ホアータの業績はうなぎ上りだった。
彼の聡明さで何かを得ようと、花に群がる虫のように、人が寄ってきた。その中には王族も含まれていた。
ナムル自身も許しを得て事業を展開した。もちろん成功する。その利益までもホアータ家に収めようとしたので、これは自分で使いなさいと言うと感謝された。それでも何%かはホアータに収めていた。家の利益になることに協力してくれたし、関係は良好だった。
ただこの頃、王族相手は疲れると口にしていて、懐かれている第3王子に辟易しているようだった。
第3王子からの要求が増えてきて、ホアータ家でも手を焼いていた。このユオブリアへの勅使を最後に、王子と手を切るはずだったらしい。
勅使に行って何かがあった場合、自分とすぐに縁を切るように言われたという。
ミッナイト王子のブレーンはナムル氏で間違いないと思う。
ユオブリアに一泡吹かせ、わたしをユオブリアから遠ざける策を練らせたんだと思われる。ナムル氏は他に目的があった。
逃走されてしまったので、わかったことは少ない。
ただグレナンの意思を受け継いだ者たちの目的はわかった気がした。
探すことはやめないが、あいつはいずれ現れる、というのがブレーンたちの見解だ。彼らの目的にプラスして、わたしを得ることも含まれたからだ。
言霊で不安を煽る気だったのか……いや、本気な気がする。あいつはわたしの大事なものを奪うぐらいしそうだ。わたしが自ら会いにくるという言葉を本当にするために。
それはごめんだ。
ドナイ侯は沈黙している。
ヴェルナーの裁判までは、もう少しだ。
ドナイ侯についていたもふもふ軍団は、王宮へと候が赴いたので、ヴェルナーの方に合流したようだ。お互いでケータイとフォンで連絡を取りあってそうしたという。賢い。
ヴェルナーは普段通りの生活を続けているそうだ。特に焦った様子などもない。もふもふ軍団が異様なものを見つけ教えてくれた。
それはヴェルナーの書斎にある肖像画だった。おそらく元奥さまではないかと思われる。毎日、ヴェルナーはそれを見上げるそうだ。
それは異様でもないんだけど、その肖像画の顔には大きな傷があるそうだ。
顔に傷がある奥さまの肖像画を描かせたの? それは悪趣味なような……それとも別に意味があるのだろうか?
わたしは護衛は向いてない気がする。待つことが苦手だ。
それも大切な人をなくすかもしれないと怯えながら待つなんて絶対ごめんだ。
わたしは兄さまと話すことにした。反対されるとは思うけど。
口を開けば、最後まで言わないうちに、案の定反対された。
「リディーはあの日彼から引いたよね? それは彼には勝てないと思ったからじゃない?」
その通りだ。
「だけど、兄さま。わたしはあの人に興味を持たれてしまった。興味を無くさせないと、あの人本当にやるわ。わたしの大事な人を傷つけること」
「リディー、私はやられたりしない」
「兄さまが強いことはわかってるけど、〝絶対〟はないわ。
兄さま、収穫祭の時にした約束覚えてる?」
兄さまは軽く目を伏せた。
「ああ。私はリディーを必ず助ける。リディーも私を助けてくれる。あきらめない」
「兄さま、わたしを守って。わたしも兄さまを守るから」
「あーあ、こうやっていつも私はリディーに丸め込まれるんだ」
「何よ、それ」
「嫌なことには触れずに幸せにただ笑っていて欲しいのに、リディーはそうやって守らせてはくれないんだ」
兄さまはぎこちなく笑う。
「父さまは傷つけるすべてのことを振り払って、そんなところを見せずに守るのに」
兄さま……。
「でも、自ら乗り込んでいくところがリディーの魅力でもあるからね」
そう言ってコツンとわたしのおでこに自分のおでこをつける。
「わかった。でも対策は立てないと。十分にね」
わたしはもちろん、と頷いた。
新聞に広告を載せた。
連絡が取れない人に向けて短い言葉で発信するあれだ。
「RからNへ。女王立つ。北の聖地にて待つ。さすれば望みを叶えたし」
わたしは領地に帰ることにする。
北の〝聖地〟で待たないとね。
大人たちは早速カザエルのことを調べている。
もちろんセインから目を離させるために言ったことかもしれないと視野に入れて、全面的に信じているわけではない。
セイン国がユオブリアを敵視しているのはわかっている。
でもブレーンではあっても、ナムルはユオブリアに欲しいものがあると言った。そしてそれは事実ではないかと思う。
ロサに術をかけたことが〝きっかけ〟だと言ったように、セインをけしかけていたのはユオブリアと自分との繋がりを持ちたかったことのような気がする。
そして彼の欲しがるもの、わたしはそれがユオブリアの地下になんとか封印している〝瘴気〟ではないかと思った。
「それにしても君の思いつく作戦は、いつも突拍子がないよ」
「本当に。でも君のいう通り、アビサにみつけたよ」
アダムとロサには、ちょっと難しいことをお願いしていたので、やり遂げたふたりは本当にすごい。
これでどうしても言うことを聞いてもらえなかった時の、材料も手に入れた。
わたしはわたしとわたしの大切な人たちを守るためなら、非情になれるんだから!




