第783話 急病⑤のらりくらり
もふさまに顔中ベロンベロンに舐められ、そこで意識が浮上した。
体は怠い。魔力も半分以上戻ってきていて、その回復に驚いたけど、でもやっぱり怠いには違いない。
瑞々しい果物をいただき、楽なワンピースに着替える。
時間通りにナムル・ホアータはやってきた。
続き部屋にはロビ兄をはじめ、兄さま、アダムが詰めている。
奥のわたしの部屋には、一応断り、護衛のふたりを部屋に立たせてもらっている。見舞いと言われ、あちらの方が身分も上だけど、もふさまのことも護衛のことも了承していただくとは事前に言っておいた。
探索で見たけれど、赤い点ではない。
もふさまにも、術をかけられそうだったり、かかってしまってわたしが変な動きをしたら吠えてくれとお願いしてある。
怠いのでどうしても動作は緩慢になった。
「いかがですか、体調は?」
「だいぶ良くなりました」
「それはよかった……」
今日もまた、ローブをサッシュで止めたような衣装だ。
わたしの視線に気づいたようだ。首を傾げるので
「セインの民族衣装ですか?」
と尋ねた。
「あ、ああ。いえ、これはセインのものではなく。今は亡き国の民族衣装です。私はその国の文化にかぶれておりまして、こうして服なども倣っているのです」
物静かな青年の印象があるけれど、興味のあることには熱がこもるタイプなのかもしれない。口調が熱くなってきた。
「これは一枚布に穴をあけ、それと紐だけで着付けることができる衣装なんです。暑い時はこうして薄い布で、寒い時は布を重ねて。最低限のもので暮らしていけるよういろいろ考えられていて、とても興味深いのです」
ふーーん。
「ミッナイト殿下はいかがですか?」
「あれは精神的なものですから、何かが好転するまでは治らない気がしますね」
と、ぶっちゃけた。
わたしは言わないよ?
家臣がそんなことをいっていいんですか?なんて、殿下を糾弾することでこちらの距離を縮めるようなセリフは。
「それよりブレド殿下が心配ですね。原因不明とか」
わたしは視線を落とす。
「とても心配です。わたしのような風邪だったらよかったのに」
「私が診てみましょうか?」
「は?」
やばっ、素で返しちゃった。
「私は薬師でもあるんです。この民族衣装の国、ここは文化など、いえ全てのことが進んでおりました。医療においてもそうです。私はその文化に精通しております。ブレド殿下を治すことができるかもしれません」
「では陛下に……」
「それはいけません」
「なぜですか?」
「考えてみてください。王宮の医師団が殿下を診ているのに治せないのです。それが外国から赴いた私が治せたら、たつ背がないでしょう。ですから非公式に行うべきなのです」
うっ。ナムル・ホアータにリードを取られた。
簡単に丸め込まれそうになっている。
わたしは胸の前でパチンと手を合わせた。
「わかりましたわ。非公式にとお願いすればいいんですね?」
テーブルにある、人を呼ぶベルを手に取ろうとしたら、その手を取られた。
全てを遮断する魔手袋しているからいいけど。呪術をかけられたら堪らないから。
これは作っておいてよかった。でもいつでも作れると思ってひとつしか作っておかなかったのは失敗だった。みんなにもつけて欲しいもの。
でも今は魔力が少なくなっているので、これを作り魔力が消費することは避けた。
ガーシとシモーネが、揃って剣をナムル氏に向ける。
「お嬢さまに危害を加えたりしませんよ」
わたしは目配せをして剣を下げさせた。
「失礼しました。わたし、触れられるのが好きではありませんの。口で言っていただけます? 護衛には触れようとする者すべてが敵と、お願いしてありますので」
次は本当に刺さるよと牽制しておく。
ナムル氏は笑顔を崩さなかった。
「お嬢さま、芝居は不要です」
わたしは瞬きをする。芝居って何よ?
「私が殿下を治して差し上げましょう。それでいかがですか?」
「芝居とは意味がわかりませんが、殿下が治ったら、陛下も殿下も皆さまも、そして医師団の方もお喜びになると思いますわ」
いかがでしょうって何? なんでわたしに聞くの?
相手の思考回路がわからないと不安になる。
だって何をどう受け止めているのかが全くわからないんだもの。
それとは別に話を持っていきたい方向はなんとなく予想はつくけど。
わかってるのにわからないふりをしているのでしょうって言いたいんだろう。
「私は、あなたにお尋ねしているのですよ」
すっとぼけよう。
「何をおっしゃっているのか、わかりませんわ」
「なるほど。見かけは大切に育てられた、幼い令嬢。そうやっているとわからずにいるように見えます。でもあなたに気づいているものからすると、とんだ茶番だ。時間がいたずらに過ぎるだけです」
この人とちゃんと話すのは初めてなのに、ずいぶんわかったようなことを言うのね。
「あなたが条件を飲むと言うのなら、王子殿下を助けると言っているんですよ」
あら、もっと我慢強いかと思ったけど、さっさとカードを切ってきた。
「条件、ですか?」
「やはり、自分の目で確かめないとだめですね。報告をそのまま信じた私が浅はかでした」
ナムル氏は微かにため息をつく。
「ここ何年か、ユオブリアは悪意にさらされていた。それが何かに導かれるように回避している。それが何なのか知りたかった。お嬢さまはテンジモノですね?」
驚いて〝しまった〟と思った。あまりに予想外なことをいうんだもん。
だから憤慨してみせる。
「わたしは聖女ではありません。あなたにはわたしが男性に見えますの?」
聞いてくるのは定かじゃないから。
カマをかけられたのだ。
オババさまでしか見抜けないようなことを、公爵家の3男が言い当てた。
驚いたのは言い当てられたからではなく、不快なことを言われたからだとしたい。
「男性? ……ああ、そんな言われ方をすることもありますね」
「神官さまに聞いてみるといいですわ。わたしは聖女ではありませんから」
視線を逸らし、不快さを醸し出す。
「テンジモノとは聖女のことではありませんよ」
「……本にはそう書かれていましたわ」
まだこの話を続けるか?と、わたしは眉根を寄せて見せた。




