第780話 急病②取り込んだ?
スキル 呪詛回避発動ーー 変化の尻尾切りが施行されました。
呪詛回避のレベルが上がりました。
星読みの先駆者を発動させますか?
頭の中に響く声。でもそれどころじゃない。
体がビクビクと痙攣して、グワングワンと世界が回る。
いつ、どこで、呪いをかけられたの?
身体中が痛い。気持ち悪い。
自分の息をする音がうるさい。
……その間隔が少しだけゆっくりになり、気がつけば……わたしはいっぱいの布の中に埋れていた。
き、消えてしまいたい……。
王宮の王子殿下の部屋の中で、ドレスも下着もぬぎっぱって、どういうこと?
ねー、わたしなんか悪いことした?
業なの? わたし一体全体、前世でどれだけ悪いことしたっていうのよ。
ふんふんもふさまの鼻息が聞こえ、もふさまの鼻がわたしの背中に当たる。
わたしはドレスの残骸の中から救出される。
「きゅー、きゅぴー! きゅきゅっ、ぴーきゅっきゅきゅきゅっ、きゅきゅっ!(もふさま、お願い! わたしの服一式、これをもふさまの荷物の中に入れて、見えなくして!)」
もふさまは森の色の瞳でわたしを見る。訝し気に。
けれど叶えてくれて、ヒュンと布一式が無くなった。
少し、ほっとする。
「ぴぴー(ありがとう)」
「リディア、大丈夫か? 呪いか?」
変化の尻尾切りが施行されたと聞こえたから、呪術だったんだろう。頷く。
兄さまに掬い上げられた。
「なぜ、いつ呪術に……?」
「……お嬢さま、殿下に触れられましたか?」
トルマリンさんには、話していないことだらけなのに、もう彼は全てを受け入れているようだ。過去の一連のことからスキルを予想していたのかも。
ロサの汗を拭いた。ハンカチが触れただけだけど。
そう言ってみたが、きゅうきゅうという音しかみんなには聞こえないだろう。
もふさまがトラサイズになった。そして魔石を出してそれに触れた。
『リディアは汗をハンカチで拭いた。直接は触れてないと言っておる』
と通訳してくれた。
これにはさすがのトルマリンさんも目を大きくしている。
「恐らくですが、殿下にかけられた呪術を、お嬢さまが自分に取り込まれたのではないでしょうか? だから殿下には術をかけられた形跡がなく、瘴気だけがあった」
「きゅぴーきゅきゅきゅっきゅぴぴ。きゅきゅっぴきゅきゅっきゅきゅっぴーきゅ(ロサに触れたのはほんの少し前よ。呪術だとしたら発動するまでが短すぎるわ)」
もふさまが通訳してくれる。
「とするなら、今までと違ったタイプの呪術が持ち込まれたのかもしれません。というのは、呪術がない状態でこうして瘴気が残るのは、普通の呪術とは違うと思われるからです」
わたし知ってる。こういう変形した術っていうか。
今は亡き第1王子・アンドレさまは、グレナンの研究をかじっていて、それですぐに発動する術を作り上げていた。
少し前まで元気だったロサ。謁見したグレナンの生き残りかもしれないホアータの3男。
証拠もなく人を疑うのは良くないけど、限りなく怪しいんですけど。
でもロサを呪術で呪って何がしたいわけ?
一体誰がとは誰も口にしなかった。
「トルマリンよ、王子にどんな術がかけられたかはわからないか?」
「殿下には術の残滓はありません。そして恐らく取り込まれたお嬢さまも、すでに術は切り離されたようです。瘴気が見当たりません。魔力は少なくなっているようですが……。ですので、どんな術だったかはわかりません」
「医者や光の使い手が見て、呪術だと閃くものか?」
「いえ、お嬢さまが瘴気に敏感故に気づかれたことで、原因不明の病と思われたのではないかと推測いたします」
「では誰も気づかなかったこととしよう。ブレドは熱があるような状態で、処方しても熱が下がらない。そういうことにして、ブレドに何をしたかったのかを探りたい」
やっぱりそうなるよなと思っているうちに、どんどん眠くなってくる。
気が昂っていたけれど、変化の尻尾切りは魔力をぶんどられる。それによってHPも奪われるのだ。
「きゅきゅ、きゅきゅきゅっきゅ。きゅきゅっきゅきゅっ。(もふさま、眠るのは1日だから。わたしお城にいたい)」
と一方的に言い切って、……そこから記憶がない。
『リディア、リディアよ』
目に力を入れる。なかなか開かない。見えてこない。
『リディア』
「もふさま……」
『大丈夫か?』
「うん、だるいけど、起きれた」
『2日たった』
「え?」
トカゲ化しても寝込むのは1日だったのに。
『お前にかけられたものではなく、他のものにかけられたものをお前が取り込み、しっぽ切りをしたからじゃないか?』
ステータスを見てみると、呪詛回避の後ろにCという記号がついていた。
呪詛回避がレベルアップしているみたいだ。使うから? ねえ使っているからレベルが上がるの?
それが呪詛回避ってところが嫌なんだけど。
そしてふと気づく、
あれ、ステータスボードが見られた。トカゲ化したとき、今まで見られなかったのに。
それじゃあ、収納ポケットは?と思ったが、こちらは使うことができなかった。魔法もだ。
「ロサは?」
『回復しておる。寝込んだままということにしてあるがな』
よかった。
「みんなは?」
『領主はアランのことがあるから帰ったぞ。ロビンとフランツはこの続き部屋でお前と一緒に残ったとしている。お前は風邪気味でこの部屋にいる。護衛のふたりも廊下で守っている』
続き部屋の奥の部屋みたいだ。
人用の大きなベッドに、もふさまと寝かせてもらってたみたい。
『起きたのなら、顔を見せてやれ。1日と思っていたのに、2日も寝たままだから心配している』
わたしは頷いて、もふさまの頭の上に乗せてもらう。
もふさまは器用に足でドアを叩く。
「もふさま? 開けますよ?」
ロビ兄の声がして、もふさまが1回また叩く。
ドアが開く。
「リー、起きたんだね」
「きゅー(おはよう)」
「リディー、体は大丈夫かい?」
後ろから兄さまも覗き込んだ。
「きゅっきゅきゅー(だるいけど、大丈夫)」
「お腹が空いただろ?」
「きゅきゅ(すっごく空いた!)」
テーブルの上には、果物と甘いお菓子が並んでいた。
わたしが起きたらすぐに食べられるように、用意してもらっていたみたいだ。
わたしは食事をとらせてもらいながら、眠っていた間のことを聞かせてもらった。




